IE9ピン留め
暗澹たる未来?
国立社会保障・人口問題研究所という機関が今後の日本の人口の推移に関する予測を発表した。
2060年、つまり半世紀後の日本の人口とその世代別構成などを推計している。ここまではまあ科学的な作業であって、それなりに将来を予測しているということだと思う。
報告書の本体では、平成22年の国勢調査の時点で1億2800万人だった日本の人口は、2060年には8700万人を切ると予測されている。

ところでこの本体のあとに付け加えて、おまけのように控えめにもうひとつの予測が載っている。
2110年までの推計値、つまり100年後までの予測である。
こっちのほうは予測としては精度が落ちるのは自然のなりゆきで、100年先なんてパラメーターが多すぎて手に余るからほんの参考ですよというのが伝わってくるけれども、これによるといわゆる中位推計で2110年における日本の人口は4000万人をすこし超える程度ということになっている。
2060年の8700万人でさえ大変な減少なのに、2110年にはわずか4000万人。
ざっくりいって、50年後には現在の3分の2、100年後には3分の1にまで日本の人口は縮んでいくわけだ。
これはちょっとすごい。

4000万人の人口で、しかもその4割を65歳以上が占める100年後の日本は世界の中でどんな国として存在しているのだろうかとかんがえるとぞくぞくしてしまう。
そもそも独立国家として存続しているのだろうか。
アメリカはすでに衰退してしまってあてにならず、インドとともに世界の二大強国である中国の傘の下でかろうじて生き延びているのだろうか。

暗澹たる思いだ。
これでは国としてもたない。
その暗い未来に向けて、それほど深刻に思い煩うこともなしに日々をそれなりに楽しく送りながら、われわれは時代のジェットコースターに乗って突き進んでいるわけだ。
人口の問題というのは巨大な船の舵を切るようなもので、そのベクトルを急に変化させることはできないから、日本の人口の減少はまず避けられないのだろう。ゆっくりと衰弱していく老人のように日本はゆるやかに死んでいく。

人口減少の危機のなかで、中国や東南アジアから若年層の移民を受け入れるということが行なわれるかもしれない。
4000万人の若い移民を受け入れれば日本の若返りは一挙にすすみ、活力をとりもどすだろうが、一方で日本に住むひとの半数は中国か東南アジアからきたひとびととその子孫で占められるようになり、日本人という民族そのものもおおきな変容をとげることになる。
しかし高齢化が急速にすすんでいる中国は、その頃には若い移民を日本に供給する力がなくなっているかもしれない。すると頼りはインドだろうか。妄想はいくらでもふくらむ。
何十年か前にヨーロッパで街をゆらゆらと歩いてく老人たちをみながら、彼らはずいぶん衰退してしまったんだなと思ったものだ。その頃の日本はギラギラしていたがヨーロッパはすっかり枯れてみえていた。
しかし結局、問題は日本のほうにあったのだ。

さて、どうしたらいいのだろう。
現実的にかんがえれば、まず、未来予測などあたったためしがないと切って捨てることもできる。
そのうえで、結局われわれにはできることしかできない、国家の運命は常に歴史の腕のなかにあると覚悟を決めて生きていくということかもしれない。
日本という国家はいまや実に頼りないし、誰が将来を見透して舵を切っているのか、あるいはなにもしていないのかさえもわからない。たぶん舵は誰の手のなかにもないのだ。いやー困ったもんだね、日本はだめだねとかいいながら結局、自分も見物する側に座っている。
生存の瀬戸際で呻吟するまでにはまだすこし時間があるようだ。
# by hatano_naoki | 2012-02-01 12:22 | 日日 | Comments(0)
「iPhoneのホームボタンを使わない方法」をやってみた
週間アスキーPLUSでで「iPhoneのホームボタンを使わない方法」というのが紹介されていたのでさっそくやってみた。ただしわたしの場合はiPhoneではなくてiPod touch(4G)。
記事はこちら

くわしくは記事を読んでほしいのだが、ようするにiOS5を載せたiPhone/iPod touchでホームボタンを押すという動作を極力抑えた操作が可能になる。
この設定をすると画面には小さな白い丸が常時現れるようになり、どの画面からでもこの白い丸を押すと4つの動作を実行できるメニュー画面が出てくる。そのなかにあるホームボタンにタッチすると、物理ボタンに触れずにホーム画面に復帰できるというわけだ。

この操作方法はハンディキャップを持つひとのために(つまり物理ボタンを押す操作がしにくいひとのために)実装されたらしいが、やってみてこれはずっと使っていこうと思えるような快適さだった。
もちろんひとによって感想はちがうとは思う。
個人的にはiPhone/iPod touchの物理ボタンを押しこむかんじがあまり好きではない。壊れそうな気がするし、力もかかる。なんとなくiPhone/iPod touchの操作体系から浮いているような気がする。
一方、この操作(AssistiveTouch)はスムーズだ。ほぼ画面をタッチする操作だけで完結できる。
ただしその代償として操作には手間がかかる。
画面にあらわれている白い丸は移動できるが、ひとによってはわずらわしくかんじるだろう。ホームの物理ボタン3回押しで消すこともできるが、それも面倒だ。さらにこの白い丸を押して現れる選択画面からホームへの復帰アイコンにタッチしなければならない。
しかしすぐに慣れた。
画面に常駐している白い丸を動かしてはじゃまにならないようにする→白い丸を押して操作画面を出す→ホームへの復帰アイコンを押す、という一連の操作がすぐに苦にならなくなった。
なによりも操作がなめらかなタッチだけで完結するのが快適だ。
こういう操作が可能であることをこれまでまったく知らなかった。週間アスキーPLUS、よくやった。
# by hatano_naoki | 2012-02-01 06:55 | ネットとデジモノ | Comments(0)
Google+のAKB48
Google+のAKB48をフォロー中。
現在フォローしているのは一部のメンバーだけだが、それでも彼女たちの意識や存在のしかた(らしきもの)は伝わってくるし、ほとんど答は返ってこなくともコメントのかたちで関わろうとするたくさんのファンの思考や行動が垣間見えてそれもおもしろい。
基本的にはおなじ時間を共有したいという意識。その意味ではコメント欄は多分にチャット的だ。深夜に同時間を生きるために睡眠時間を削り、睡眠不足で朝を迎えるファンがすくなくないにちがいない。
AKBのメンバーが終日、ほぼリアルタイムで行動の報告を書き込み、それにファンがコメントする。かんがえてみるとこれはかなりすごい。

彼女たちは舞台から降りてもファンの目にさらされている。そういうなかで、Google+上にもうひとつのAKB劇場が生まれ、まさに劇場型の空間が形成されてきている。こちらの劇場はいうなれば楽屋裏だが、外部に露出しているから表ということもできる。
ところで、こちらの劇場には台本がなく演出もないから、そこが危うい。
多数の十代二十代の女の子たちが自由に書きこむなかで、なにか起きるかは本当のところはわからないし、ちょっとしたことであっても大事になる危険性が内在している。
携帯で撮った写真をメンバーがアップロードするとあっという間に4万5万のアクセスがある世界なのだ。

最近はGoogle+上でのAKB関連の動き(具体的には秋元プロデューサーの発言とか)を報道に載せる大手メディアも出てきている。
そればかりでなく、無数のマスコミ関係者、いわゆる業界関係者、それからもっともっと怪しい連中までがネタを探してのぞき見しているにちがいない。
彼らがもっとも好むのは下世話なスキャンダルの匂いであり、そこにもっとも簡単にアクセスできるチャンネルとしてGoogle+のAKBが認知されているということだと思う。
Google+自体が危うい世界であるとは思わないが、AKBであるからこそ危うい。そういう場の緊張感はなかなかだ。しかしメンバーの彼女たちはなにも知らないふりをして無邪気なやりとりをつづける。そのあたりがどの程度意識されているかは、外から見たかぎりではわからなかった。

Google+上のAKBコミュニティからはまだスキャンダルは起きていないし、場の破綻も衰退もかんじられない。なにしろはじまったばかりなのだ。
しかしハラハラする。先はわからない。これからなにが起きるのだろうか?
# by hatano_naoki | 2012-01-30 22:22 | 日日 | Comments(0)
巨食症との遭遇
ある薬を短期間だけ服用した影響だと思うのだが、一時的に猛烈な食欲にとりつかれたようになった。

わたしの場合、ふだんの食生活はだいたいつぎのようなかんじだ。
朝起きて普通に朝食を食べる。パンとサラダとスープというような内容で比較的軽い。和食の場合もあるが軽めだ。
本当は重い朝食が好きで、とんかつだろうがうなぎだろうがOKで、むしろそういうのが好きなのだが、出されたものに不満はない。
ふつうなら次は正午あたりに昼食にする。重いことも軽いこともある。量は成人男性としてはすくないほうだろうと思う。
夕食は、時間は日によってちがう。六時から九時のあいだというかんじだろうか。米はふつうの茶碗に一杯程度しか食べない。

ところが、薬の副作用はすごかった。
ある日曜の場合はこんな具合だ。
七時、出された朝食を食べる。
だがなんとなく満足感がないので九時頃にやきそばを作って食べる。キャベツ多めで肉がちょっと入ったシンプルなやきそばだ。
十一時、今度は最近はまっている親子丼をつくる。冷凍してある鶏の胸肉を解凍し、たまねぎを切って鶏肉と一緒にできあいの出汁で煮て、卵でとじるという簡単調理だが、信じられないくらいおいしくかんじる。店で出てくるようなどんぶりにごはんを多めに入れ、たまねぎもたっぷりで、食後には満腹感で陶然となる。
午後一時、小腹が空いたというかんじでポテトチップスとコカコーラ。チョコレート。
午後五時、夕食までまだ時間があるので、お茶漬けをつくって食べた。
そして午後七時すぎ、やっと夕食。食後のデザートにはプリン。
午後十一時、またもポテトチップス。

衝動としての食欲とのはじめての遭遇。暴力的な食欲とでも表現できそうな、自分の食欲を制御できないという状況に直面したのははじめてだったかもしれない。
自分が暴走していることははっきりわかっていた。
しかし異常な食欲の原因が薬にあり、決して心理的な葛藤やそのほかの人間の闇から生まれてくるのではないと知っていたから、そういう状況はながくはつづかないはずだと思い、食欲をめぐる状況はかっこうの観察の対象となった。自分の状態に興味津々だったのだ。
まず、満腹感がない。というかいくらもつづかない。食べた直後はたしかに満足するが、すこし経つと普通の状態にもどり、こんどは空腹へと急降下する。
するとたべることばかりかんがえている。
そして食欲があるだけではない。
なにをたべてもうっとりするほどうまい。ちょっと狂気をかんじるほどだ。実際、みじかい時間であれ、狂気のなかにいたのかもしれない。

なにを食べてもおいしく、それも狂おしいほどにと表現しても過剰ではないほどの食欲にとりつかれたみじかい日々がおわると、食欲はすこしずつ元にもどっていった。はげしい食欲は翳り、色あせ、やがて消えてなくなった。
それからいくらも経っていないのに、思い出してみると、なんだか日差しの強い南の島にほんの何日かだけ行ってきて、その記憶を懐かしんでいるような気分だ。

ところで。
あれは本当に薬の影響だったのだろうか。
きつねがついていたということはないのだろうか。そうかんがえると、あれはきつねだったのかもしれないと思えてきた。
# by hatano_naoki | 2012-01-28 14:54 | 日日 | Comments(0)
長崎神社
椎名町駅前にあるマクドナルドの2階からすぐ前にある長崎神社を見ていると、ときおりひとが入っていく。
入口にある石の鳥居の手前で立ち止まって、ていねいに一礼してから鳥居をくぐるひとも少なくない。
それも老人ばかりでなく、中年くらいの年齢のひともいる。いや、20代の女性すらきちんと一礼してから入っていく。
日本人て意外に信心ぶかいんだという思いがけない大発見。
というか、オレがとんでもなく不信心ということかもしれない。
神さまはいるんだろうか。
# by hatano_naoki | 2012-01-28 09:57 | 日日 | Comments(0)
ニキシー管の幻惑
iPhone/iPod touch用アプリではあるが。ニキシー管、このうえなく美しい。
# by hatano_naoki | 2012-01-21 19:55 | ネットとデジモノ | Comments(0)
WiMAXとWi2 300
WiMAXをつかいはじめて半年以上がすぎた。
導入前は、はっきりいってそれほど期待はしていなかった。サービスエリアが狭いという印象があったし、無線特有の不安定さも気になった。
しばらく使ってみて、結果としては満足している。速度はばらつきがあるが、おそくて困ったということはない。主に都内で接続しているのでつながらないという場面にはほとんど遭遇しない。仮につながらなければあきらめるというスタンスだ。
使ってみてかんじるWiMAXの最大のメリットは、いろんな意味でのしばりが弱いこと。
契約期間のしばりは、わたしの場合は1年しばりにしてあるが、これは納得できる範囲。そこそこ速度が出て、データ量の上限を気にしないで済むのも精神的にもいい。それと料金と速度のバランスをかんがえると現時点ではいい選択だと思う。
3月にDoCoMoがはじめる128Kbpsのサービスがなんとか使えるようならばWiMAXと組み合わせて使うのもおもしろそうだ。
最近は公衆無線LANサービス、Wi2 300(ワイツー)も使っている。
インターネットラジオが(混んでいるとき以外は)ほぼ聴けるのがなかなか便利だ。
現在は外ではBlackberryとiPodTouchの組みわせだが、いい具合に分業になっている。
# by hatano_naoki | 2012-01-19 06:58 | ネットとデジモノ | Comments(0)
書籍版『沖縄勉強ノート』(仮題)を書く(15)
沖縄の原稿が(まだはっきりはしないものの)どうやら本になりそうなかんじになってきた。
大変にうれしい。
実際には手直ししたいところもあるし、あれこれまちがいがあったりもするはずで、不安な原稿ではあるけれども、とりあえず先がみえてきた。
具体化していくようならば写真や図版をできるだけ多く入れたいと思っているのでそれらを準備しなければならない。特に図版は書き起こすのに時間がかかる。
文章にしても、正確に書くという視点でいえば、あやふやな部分がずいぶんある。
これらを全部クリアするのに手間がかかるのはまちがいない。
いまは原稿に対して距離感ができているので、ひさしぶりに読んで他人の文章のようにかんじられた。これはいい傾向だ。
夏までには出したいものだが。
# by hatano_naoki | 2012-01-18 17:52 | 沖縄勉強ノート | Comments(0)
AKB48のGoogle+がすごい
ネットでのAKB48の露出というとウェブサイト、ブログ、Twitterあたりだが、いまはGoogle+がすごい。
基本的には宣伝ツールだが、(みなが皆ではないかもしれないけれども)ファンとのコミュニケーションだと思ってポジティブに受け止めて楽しんでいるメンバーが少なくないようにみえる(夜中の3時に自分が眠れないからといってフォロワーに尻取りを無理強いする篠田麻里子はファンサービスでやっているとはおもえない。)。
おそらく「会いにいけるアイドル」だったAKBが会いにいけなくなった今、「ネットで出会えるアイドル」として補完しようとしているのだろう。
なにしろ主要メンバーが仕事のあいまにメッセージばかりでなく自分たちが撮った写真も掲載しまくり、それをファンが24時間体制でフォローするというすごいことになっている(一部はTwitterとダブっている)。
付き合いでたまにTwitterするようなタレントはいくらでもいるけれども、おおぜいのメンバーがほぼ一日中Google+やTwitterに書くというのはなかなかないだろう。
ナマ番組ならば「これから出演です!」という書き込みを読んで「がんばってね」とコメントしてから番組を見て、見終わったら「今、終わりました!」というメッセージに「おつかれさま」と返事を返す。「これから寝ます」というメッセージに「おやすみ」を言って自分も寝る。こういうストーカー的ファン生活が可能なのだ。
テレビ番組への出演やステージでの公演は彼女たちの私的な時間とシームレスにつながり、自分たちの生活ともつながっていることが実感できる。自分ひとりに語りかけてはこないが、すくなくともおなじタイムラインを共有し、同じ時間を生きている。
おにゃんこのときは放課後に部室で活動している程度のイメージで、部室を出てしまえばそれ以上追いかけることはできなかったが、AKBは24時間つきあってくれる。彼女たちの資質もあるかもしれないが、それ以上に時代というものだろう。AKBがSNS上に織り成すタイムラインは今を生きていて、これまでのタレントやアイドルではかんがえられないほど接近した距離感覚と時間感覚を生み出す。
# by hatano_naoki | 2011-12-26 06:59 | ネットとデジモノ | Comments(0)
Blackberry 9900にさわってきた
有楽町のドコモスマートフォンラウンジでBlackberry9900にさわってきた。
だいたい予想通りの質感と操作感。決して悪くはないが、Blackberryらしく飛躍的な変化はかんじられなかった。わたしが使っている9000とフォームファクターがほぼおなじなのも一因だと思う。
タッチ操作が可能になったのは、マーケティング上もそのほうがいいとはおもうけれども、もともと操作体系が優秀なので、それほど感激はなかった。
ウェブブラウザがいちおう使える水準になったので、これ1台で済ませることができそうではあるけれども、うわさではカメラがだめということなので、ここだけが残念だ。
マイクロキーボードは面積が大きくなったかんじがするが、おそらくキートップの盛り上がった部分の形状を変えたせいだと思う。盛り上がりの高さをわずかに減らしていくぶん平らになった分、広くかんじるのだ。それに打鍵がすこし軽くなっている。いずれにしても打ちやすい。
きょう体が薄いので持ち歩くのが楽になったのもいい。
唯一のがっかりはドキドキ感が薄いこと。9900に機種変更するのはほぼ決まりなので、ドキドキを満足させる別のなにかをさがさなければならない。それにしても9000の完成度は高く、わたしのニーズからするとまだまだ使って行けそうな雰囲気だ。
現在のところ、使い方としては、メール、電子辞書(広辞苑、英和和英とオフラインのWikipedia)、インターネットラジオ、音楽プレーヤー、ビデオプレーヤーといったところ。
発売はたぶん3月だろうから、それまでにソフトをもっと充実させようと思っている。特にビデオクリップのコレクションを増やしていきたい。
# by hatano_naoki | 2011-11-27 19:16 | ネットとデジモノ | Comments(0)
韓国を書く
『朴正煕(パク・チョンヒ)に会いに行く』(仮題)という、単行本を想定した文章を書きはじめた。
内容は一種の紀行だが、構想(?)自体は20年以上も前から温めていたもので、ようやくまとめようという気になってきた。その一部分はすでに書かれていて、全体では450枚くらいに仕上げたいとかんがえているところだ。脱稿の目標は来年の夏あたりだろうか。

そして、これだけでなく、複数の原稿を並行して仕上げていきたいとかんがえている。
あと2本ほど、同時並行的に書いていく。それぞれ、構想は前からあって多少は書きかけてもいるものだ。
# by hatano_naoki | 2011-11-16 05:12 | 書く | Comments(0)
書籍版『沖縄勉強ノート』(仮題)を書く(14)
何年もこだわってきたが、ようやく脱稿(いちおう)。
すでに他人の手にわたっていった。本になるかはまったく不明。
それでもそれなりのカタルシスがある。この感覚をあじわうために書いてきたといってもいい。

一方で空虚で虚脱の感覚もある。
腑抜けになっている。

しかし、それほど時間が経たないうちに、またはじめるだろう。
# by hatano_naoki | 2011-11-08 19:42 | 沖縄勉強ノート | Comments(0)
Blackberryでラジオざんまい
blackberry 9000はスピーカーが立派なのでラジオを聴くのに便利。音量も音質もすばらしい。
昔から聴いているのは湘南BeachFM。デスクトップPCで聴き、それからノートPCで聴くようになったが、TuneinRadioにこのラジオ局が登録されていたのはうれしかった。ほかにも地方のラジオ局を聴くのが楽しみになっている。ときによってはBGMとして何時間も流しっぱなしにしている。
blackberryで聴くラジオは、ちょうど昔のトランジスタラジオを聴いている感覚にちかくて、それが実になごむ。
iPod Touchのスピーカーは聴くに耐えなかった。
海外でもインターネットにさえつなげれば湘南のコミュニティFM局が聴けるのは(当たり前だが)すごい。
# by hatano_naoki | 2011-11-03 15:26 | ネットとデジモノ | Comments(0)
ある写真サイトのこと
ネットで定期的に見に行くのはいわゆるニュースサイトが多いが、それ以外にも不定期に行くサイトがいくつかある。
たとえば写真サイトのいくつかには思い出したように行っている。どれもアマチュアでネット上でも特に有名というわけではないと思うし、どういう経緯で知ったのかも忘れてしまっているが、要はそのひとの撮る写真やサイトの雰囲気が気に入っているということなのだろう。
そんな具合で何年もすぎていくうちに、写真から作者の人生がにじみだしているとかんじるようになってきた。
ネットでは自分の日常を過剰に(と思えるくらい)露出するタイプのひともいるし、逆に一切生活を見せないひともる。わたしの見ている写真サイトの作者たちは露出好きのタイプではないと思うが、しかし一連の写真を見ているとそのときどきの感情とか、暮らし方がなんとなくわかってしまう。そしてある作者について気になっているのは、実はそのひとが離婚したかどうかなのだ。
だいぶ以前、何年もまえ、そのひとはある女性と結婚する直前で、それから結婚した。ここまではたしかだ。だがその後、どこかの時点で彼は離婚したのではないか。これはそのひとの写真の傾向の変化からの推測だ。
あんなにしあわせそうだったのになにがあったのだろう。そのひとと会ったこともなく、もちろんなんの関係もないわたしは最近掲載された一枚の写真をみながら思う。
こういうのはわたしにとっては感情のムダ使いかもしれない。そのサイトから他に移動すればたちまちそのひとのことは忘れてしまうのだから。
# by hatano_naoki | 2011-11-03 07:48 | 日日 | Comments(0)
Blackberry 9900
Blackberry9900が予想よりかなりはやく発売されそうだ。といってもまだ4ヶ月以上ある。現在のBB9000の次はたぶんこれにするだろう。
ここ1年以上9000を使ってきて、いまだに満足度はたかい。なんといってもマイクロキーボードがすばらしい。
ただしこれ1台でなんでもこなすのではなく、ほかのデバイスとの組み合わせて使うべきだとは思う。相方としてイメージしているのは、画面の大きい(たとえばGalaxy Noteのような)LTEデバイス。
iPhone/Android全盛の日本では、Blackberryはこれからも売れないだろうが、ちょっとしたきっかけで一気に知名度が高まってヒットする可能性はないとはいえない。日本だけがこれだけ売れないというのは、なにか理由があるはずだ。それにこれからはパケット節約志向が高まるだろうだろうから、もともとパケット節約型のBlackberryはアピールできるはずだ。
やりようはあると思うのだが。
# by hatano_naoki | 2011-11-01 08:37 | ネットとデジモノ | Comments(2)
多良間島とメガネ
最近、多良間島に興味を持っている。

[RICOH GR Digital]
# by hatano_naoki | 2011-10-31 21:40 | 写真日記 | Comments(0)
佐伯祐三アトリエ
[RICOH GR Digital]
# by hatano_naoki | 2011-10-23 14:54 | 写真日記 | Comments(0)
書籍版『沖縄勉強ノート』(仮題)を書く(13)
このブログに「沖縄勉強ノート」という文章をシリーズで書きはじめたのは2005年の11月で、それから3年で130本ほど書いた。
それを下敷きに2009年の春になって書籍版『沖縄勉強ノート』(仮題)を書きはじめた。
それからすこしずつ書きついで、うまく書けない時期がつづいて、書籍版『沖縄勉強ノート』(仮題)の進捗についてこのブログに最後に書いたのが15ヶ月前。
そこからのながい中断のあとで気をとりなおして書きはじめたのはこの夏だった。
それがようやく、なんとか姿がみえてきたような気がする。
今年中にはまとめることができると思う。2年半以上もかかったわけだ。
前の本が出たのが2006年暮れ(注:「カンボジアノート」I/IIの2冊)で、それから5年が経っている。
この原稿が本になるのかどうかはわからないが、少なくとも手を離すことはもうすぐできそうだ。
# by hatano_naoki | 2011-10-16 16:19 | 沖縄勉強ノート | Comments(0)
ジョブズ
きょうの米アップルのサイトのトップページは美しい。
白い背景とジョブズの肖像。シンプルでアップルらしい。
いいデザインだ。
1984年頃のこと、appleIIeという8ビット機を買う気になった理由のひとつは、アップル社をめぐるいい雰囲気だった。小さかったのだ。
その頃のアップルにはガレージカンパニーのイメージが残っており、そのロゴマークはラブ・アンド・ピース的なヒッピーイズム的な残滓をひきずっているようで、悪の巨人IBMに立ち向かう英雄というかんじもあった。
わたしの印象としてはappleIを作った中心人物はウォズニアックだと思っていたのだが、経営でも製品開発でも映像コンテンツの制作でも成功をおさめることになったから、ジョブズはその後大化けしたことになる。
appleIIの時代は好きだったがMacになってからは「微妙」だった。だがMacは何台も使った。その後、アップルが巨大化して「支配者」になるにつれて嫌いになった。いまも好きではない。製品はすばらしいといえるがその完成度が気に入らない。
昔のジョブズは若かったが、アップルサイトのトップページにいるジョブズはもう若くはなかった。それだけ時間が経ったのだ。




# by hatano_naoki | 2011-10-06 17:33 | 日日 | Comments(0)
『ブエナビスタ・ソシアルクラブ』を聴きながら
キューバをめぐるわたしの心象は、日本と聞くとゲイシャとニンジャとツキジとアキハバラが浮かんでくる外人と同じように、ポンコツのアメ車とブエナビスタ・ソシアルクラブとチェ・ゲバラとからできている。
それから浅黒いひとびととさとうきびの畑と米軍基地と疲弊した社会主義。
カストロが死ねばアメリカと和解して親米に舵を切り直すにちがいないこの骨董品のような社会主義国家はいまはまだ、遠くからみているかぎりロマンチックでレトロでノスタルジックな空気を漂わせて誘惑的だ。行くならカストロがようやく生きている今なのだろう。

映画『ブエナビスタ・ソシアルクラブ』(1999年製作)をDVDでようやく見た。
音だけは以前から聴いていたが、映像で見てみると歌はもちろんだが、老いたミュージシャンたちの語りとか表情とかが実にいいのだった。
彼らはたまたま死の間際(といってもいい時期)に「発見」されたが、すばらしい才能を持っているのに発見されずに死んでいく恵まれないミュージシャンはほかにもいるはずで、キューバの老いたミュージシャンを見つめながら「すばらしい才能を持っているのに発見されずに死んでいく恵まれないひとびと」という普遍的な人間像についてかんがえている自分に気づく。
たくさんのすばらしい歌い手が登場するなかで、イブライム・フェレール(Ibrahim Ferrer)とオマーラ・ポルトゥオンド(Omara Portuondo)がよかった。映画の頃の年齢は72歳と69歳あたり。ふたりとも(そして他の登場人物も皆)楽ではない人生を歩んできて、それが彼らの立ち居振る舞いと表情とに豊かな情感とともにあらわれている。彼らを見て聴き入りながら、彼らの人生そのものに入り込んでいく、あるいは引きこまれていく。
老人が歌うラブソングの切なさもわたしにとっては発見だった。老人もひとを好きになるが、社会は恋愛にふさわしい年齢区分を決めているからこのルールを外れるにはちょっとした勇気(あるいは世俗的な権力)が要る。しかし歌なら別だ。詩歌、小説、演劇、絵画、諸々の芸能と芸術の世界でも恋愛は想像力の中で生きつづける。
ライ・クーダーは掛け値なしにいい仕事をしたと思うけれども、これも西欧による非西欧世界の発見の一例なのだなと思っている自分もいる。そういう側面がこの「発見」にはあるのだ。彼らは発見し、価値を認め、メディアを通じて広めたが、西欧はここ何百年も、初期には植民地主義と手に手を携えて、こういう作業をつづけてきた。こういう文脈に『ブエナビスタ・ソシアルクラブ』を置き直してみるとかすかな憂鬱がある。
# by hatano_naoki | 2011-08-06 23:58 | 歌が私を・・・ | Comments(0)
前田敦子の孤独
AKB48の前田敦子には絶対エースとか絶対的エースとかの形容がつく。現時点でAKB48最大のスターであるのはまちがいない。
一方でファンのあいだに批判勢力があって、主にネット上で中傷がくり返されている。人気のあるアイドルにアンチが生まれるのはめずらしくないだろうが、盛り上がりがちょっと異様にかんじられる。彼女はなぜアンチに悩まされるのだろうか?
たまにみせるちょっとだるそうな、やる気のなさそうな態度とか、寝てばかりいるとか。彼女の態度や雰囲気にイラッとさせる要素があるのかもしれない。『情熱大陸』では「わたしを番組にしてもおもしろくないでしょ」というような意味のことを言っていたのがおもしろかった。そして番組の仕上がりは彼女が予言したとおりだった。
一連のバッシングを「傍聴」していて思ったのは、これはいじめの構造だなということだった。理由が明確にあったというのではなく、まず彼女を単純にムカつくとかんじる少数がいて、集団で(ここがすでに下劣なのだが)ひとりを攻撃しているうちにことばの共振で攻撃の度合いが強くなっていったというような。罵倒するにつれて自分が興奮してくる。汚いことばが自分を支配しはじめる。
まったくの想像だが、彼女の熱狂的なファンの絶対数はそれほど多くない。アンチはさらに少なく、たぶんごく少数にすぎない。その少数が大量の攻撃をおこなっているというイメージだ。

わたしの知る範囲ではAKBのセンターはフォーメーションとしてセンターを据えたいというプロデュース側の意図で生まれ、そこにまだ子どもといってもいい年齢の前田敦子がフィーチャーされたということらしい。それから運命のようにセンターとしてやってきて今に至っている。
前田敦子という個性は誤解されやすいかもしれない。大島優子のような明るさとサービス精神に欠けるし、思ったことをなめらかに口にするタイプでもない。そして働きすぎて疲れている。
それでもわたしは前田敦子からある種の感銘を受けている。ほかのメンバーにはない(というとおこられそうだが)ある要素を彼女がもっているようにみえるからだ。それはひとことでいうなら孤独である。やさしい母親がいて、AKBの創設以来苦労してきた仲間がいても、人間には孤独が生まれるのだ。それは彼女に内在するもので、外の世界との関係で生まれたものではないというふうにかんじられる。その孤独と戦っている気配、孤独と会話している気配があって、彼女自身も気づいていない深みのようなものがそこから生まれ、彼女に陰影を与えている。
そのような側面を持ったうえで、彼女はセンターに君臨する。百数十人もの人数から構成されるAKBのスターシステムのピラミッドの頂点にいるのだ。舞台のうえにいる彼女には孤独の影はみえず、ときとしてなまめかしい笑みを浮かべることすらある。
まあここに書いたことの全体が妄想にすぎないのだろうが、大衆は芸能人に対してなにかを仮託することができる。
# by hatano_naoki | 2011-08-05 22:32 | 歌が私を・・・ | Comments(0)
ゴーヤー
[RICOH GR Digital]
# by hatano_naoki | 2011-08-05 15:12 | 写真日記 | Comments(0)
探偵と老人
マクドナルドの隅の席に向かい合った男ふたり。
声が異様に大きい三十代くらいの方は探偵で、もう一方の老人は投資詐欺にあって金をとられた被害者だと、聞こえてくる話の内容からすぐにわかった。
こういう事件はマスコミ経由ではよく聞いているが被害者の実物を見るのははじめてだ。ははん、こういう人物が、いくらだか知らないが、欲の皮が突っ張ったために少なからぬ額を失いかけているのだなと思いながらその人物の服装とか風体とかをうかがっている。たいして金持ちにはみえないがこういう人物が実は金を持っているのだ。勉強になった。
話の内容からすると犯罪は完成していて、おそらく金は戻ってこないだろう。しかし探偵は金を取り返せると力説している。ほんとうだろうか。わたしには無理に思えるが、探偵はこういう事件のプロだといっているので彼の判断が正しいのかもしれない。
探偵は彼の会社に依頼するようくりかえし促すが老人の態度はいまひとつはっきりしない。自分が被害者であることがわかっているのにそれを直視したくない、認めたくないというふうにもみえる。欲が生んだ失敗を人間は認めたくないものなのだ。また勉強になった。
こういうやりとりが際限なく繰り返されるうち、やがて彼らがふたりそろってわたしの脳髄にぐいぐいと入り込んできて居座ってしまった。迷惑なはなしだが聞き耳を立てていたわたしが悪い。
だがちょっと見たかぎりでも大声での会話はわたしだけでなくまわりの客たちに影響を与えはじめているようだ。彼らもまた脳内に住みついてしまったこの事件の細部に興味を持ちながらも辟易しているのがかんじられる。会話は彼らの周囲の客を飲み込んであたりの空間までを支配してしまった。
わたしはといえば大きな異物が頭のなかにできたようでじゃまでしかたがない。彼らが私の頭のなかで議論しているので自分の思考に集中できない。
結局老人は探偵に依頼をしなかった。探偵に対する猜疑心が勝利したらしい。その猜疑心をもう少し前に別の状況で生かしていたら大枚を失うことはなかっただろうに。
# by hatano_naoki | 2011-07-26 18:43 | 日日 | Comments(0)
線量計つき携帯を持つ明日
簡易線量計つきの携帯は売れるかもしれない。線量計がカメラのように携帯に必須の機能になる明日はきてほしくないが。
# by hatano_naoki | 2011-07-26 17:09 | 日日 | Comments(0)
イムジャ氷河湖のこと
きょう放送の『世界遺産』をみていたらエベレスト街道が写っていた。エベレスト街道とはルクラからエベレストのベースキャンプにいたるトレッキングルートのニックネーム。テレビ画面を見ながらあそこを歩いたのは35年も前だったな、と思う。
番組ではイムジャ氷河湖が紹介されていた。
エベレスト南面から流れ下っている大きな氷河はクンブ氷河と呼ばれているが、ローツェの南側を下ってクンブ氷河に合流しているのがイムジャ氷河である。そのイムジャ氷河のモレーンの末端ちかくに大きな氷河湖があって年々大きくなっており、モレーンの末端が決壊すると下流の村々に大きな被害をもたらすおそれがあるというような内容だった。
わたしはこのイムジャ氷河をさかのぼり、ローツェから南に伸びている枝尾根上の小ピークであるアイランドピーク(6168m)までいった。ルートをまちがえたのと装備が貧弱だったのでたぶん6000mあたりまでしか行けなかった。このとき現在のイムジャ氷河湖付近にあるパレシャヤギャブと呼ばれるところでキャンプしたのだが、そのように大きな氷河湖を見た記憶はない。この氷河湖は1960年代に生まれ、それからすこしづつ大きくなって現在の姿になったという。ということはわたしが行った頃はたぶんとてもちいさな湖だったのだ。
氷河湖が大きくなったのは気温の上昇のためだ。わたしはこの氷河湖によって地球温暖化と過ぎた年月のながさを実感することになった。
# by hatano_naoki | 2011-07-24 19:54 | 日日 | Comments(0)
どんなキーワードで来るのか(ブログの解析)
わたしののブログ(http://stowaway.exblog.jp)にくるひとがGoogleなどの検索の結果からやってくる場合、どんな語句で調べていたのかを見なおしてみた。
全体的な傾向としては検索キーワードのトップは「神は細部に宿る」で、ここ何年も変わっていない。これは「神は細部に宿る」について書いたこの記事に由来している。
2番目は、最近は「チェルノブイリ」。おもしろいのはこの傾向は3月11日にはじまったのではなくて、去年(2010年)の8月頃にあらわれてその後のつづいていたことだ。なにかの予兆だったのだろうか。
あとはいろいろで、ガジェットとか沖縄とかにかかわるキーワードが並んでいる。
それにしても「神は細部に宿る」にまつわるアクセスは根強い。現在では格言になった謎の語句に関する関心が存在することをうかがわせる。
# by hatano_naoki | 2011-07-24 06:01 | 日日 | Comments(0)
桂銀淑(ケイ・ウンスク)のこと
桂銀淑(ケイ・ウンスク)という韓国からきた演歌歌手がいた。テレビで見かけることも多かったのがいつの頃からか姿を見なくなった。
あるときYouTubeをふらふらしていると彼女の映像に行きあたったのでなりゆきでいくつか見て(聴いて)いるうちに、みるみる引き込まれていった。
特によかったのは『つぐない』だった。桂銀淑のカバーする『つぐない』はちょっと温度が低くてちょっと乾いた情感に満たされているようで、わたしはいいカバーだと思った。
そしてなによりも声だった。いわゆるハスキーボイスだが、その声そのもので自分の感覚のどこかに直接触れられるような戦慄があった。聴覚だけでなく、もっとさまざまな感覚器官が震え、それらが雪崩れうって脳髄に駆けあがっていく。
そしてまた彼女の醸し出す雰囲気だった。静かであり、演歌にありがちなオーバーアクションではない。わたしが見た映像はおそらく40歳かそれくらいのときだろうか、若さが生み出す魅力はいくらか翳っていたが、そのかわりにそれなりの歳月を超えてきた静謐があった。
それでスイッチが入ったように彼女が日本にきて最初に歌った『大阪暮色』(1985年)からつぎつぎに聴いていった。
日本にきたばかりの若い頃は声そのものに本質的なちがいはなくてそこに魅力があるが、それほどの深みはなく、美しくてコケティッシュだが凡庸ともいえる。しかし年齢を重ねるにつれて時間の深みとでも呼ぶべきものが彼女の空間を支配するようになっていく。
典型的な演歌を歌っていてもそこからかんじられるのは負のエネルギーの横溢する怨念や諦念とかいうのではない。当時の日本のニーズが彼女を演歌歌手にしたのだろうが、ブルースを歌ってもよかっただろうと思わせる。
彼女が消えたのは数年前に覚醒剤所持で逮捕され、国外退去処分になったからだということを改めてたしかめた。歌手としての時間のほとんどを日本ですごしてきた彼女が日本への入国を許されないというのは歌手として死んだも同然だし、なんて馬鹿なことをしたんだと思うけれど、それも人生の変転のひとつの局面であるわけで、他人には負うこともできはしない。人生にはいろんな思いがけないことがある。
もう50歳になるはずの彼女は老いた母親とソウルで暮らしていて、いくらか歌手活動をはじめているらしい。何ヶ月か前に、彼女の執行猶予が終わる瞬間がみじかいトピックとしてテレビ番組に差し込まれていてそれを見たが特に感慨もなかった。見たいのは歌う彼女であり、その心地良い声が聴きたいだけなのだ。
# by hatano_naoki | 2011-07-22 06:33 | 歌が私を・・・ | Comments(0)
原発ライブ
[RICOH GR Digital]

福島第一原発のライブカメラ映像が公開されている。けさのぞいてみると台風が去ったあとの重苦しい曇天だった。夏草がだいぶ伸びてきている。

# by hatano_naoki | 2011-07-21 07:40 | 写真日記 | Comments(0)
タヌキ
ここ数日、タヌキが現れるようになった。こどもが3匹で、親はまだ見かけない。東京の区部でもタヌキは増えているということだろうか。
# by hatano_naoki | 2011-07-18 05:18 | 日日 | Comments(0)
「だったり」症候群
ことばは時代時代に変化していくものだということはわかっているし、時代のはやりが気に入らないのは老齢化のあかしだというのもよくわかる。
しかしどうにも気に入らないのがいくつかある。

「になります」は論外として、「だったり」とか「であったり」が気になる。
これらは最近は非常によく使われる表現になったけれども、なぜ気になるかをかんがえてみて、そのあいまいさ加減が許せないということだと気がついた。使うひとは意図的に使うわけではなくとも、こういう朦朧とした表現によってなんとなくまろやかな言辞になるということだろう。使われ方をみていると、「であったり」というのはいくつかの例示の冒頭に置かれる表現であるはずなのに、そのあとにつづく複数の例示が省略されることも多い。むしろつづくことは稀だという気がする。
これはどういうことだろうか。たぶん、さきに書いたように意味はあまりないのだ。「になります」に特徴的にあらわれているように、いくらかながく言うことによって場の緊張が和らげられる。「カレーです」より「カレーになります」のほうが間がもつわけだ。「だったり」「であったり」にもこういう「長く言う効果」があるような気もするのだが。
# by hatano_naoki | 2011-07-11 18:58 | 日日 | Comments(2)
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