ブログ記事「チェルノブイリ!」その後
2009年の夏を境に、このブログに書くことがすくなくなっていた。つまり丸二年、書く意欲がうすらいでいたということだろうか。そんな荒廃したブログに来るひとなどいないだろうと思っていたのだが、ふと思い立ってここ数カ月間のアクセス状況を調べてみた。するとおどろいたことに3月に何万という数のアクセスが記録されている。3月12日に起きた爆発的なアクセスはそれから一週間ほどもつづき、その後はゆるやかに減少していた。
これらのアクセスのほとんど全部がGoogle検索からやってきたもので、検索のキーワードはチェルノブイリだった。
これらの検索のゴールはこの記事。わたしが2006年にこのブログに書いたみじかい記事を、世界中から読みにきたひとたちがいたのだ(実際、検索元のGoogleの国籍はすさまじく多かった)。
これはすなわちフクシマの残響といっていいだろう。

5年前にこの記事を書いたとき、わたしの頭の中には「世界のなかで行くべき場所」というイメージが育っていた。行きたい場所ではなくて、わたしたちが行かなければならない場所。いわば現代に生きる人間として旅立つべき巡礼の場所。そういう場所とはどこかと思いめぐらすとき、チェルノブイリはそのなかのひとつだった。しかしチェルノブイリは遠い。その後のわたしはチェルノブイリに旅立ってはいなかった。
そしていまやフクシマは世界のひとびとにとってチェルノブイリと等価の巡礼地となりつつあるのではないだろうか。

当時、こんな反応もあった
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by hatano_naoki | 2011-06-21 14:51 | 日日
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