大平建築塾
d0059961_1521442.jpg信州の山の中に昔の宿場が今は無人となって残っている。
しかし人が住まなくなると家の傷みは早い。そこでそれらの家々を修繕し、修復して維持していこうという運動がある。
数十人、ときには百人以上の年齢も経歴もばらばらな人たちが毎年の夏に各地からやってくる。彼らは江戸末期に建てられたような古い家々に分かれて数日間寝泊りし、自炊しながら家を掃除したり修繕したりする。夜は酒盛りだ。
こういう集まりに参加した。

「年齢も経歴もばらばら」と書いたが、実際にはやはり建築関係のひとたちが多い。
設計事務所を経営しているとか、大学で建築を勉強しているとかだ。私はといえば、ようやく文化遺産の保存と修復といったキーワードで細く細く繋がっているにすぎない。
参加の印象は、結果からいえば決して悪いものではなかった。特に参加していた若者たちには強い印象を残したことだろう。
見知らぬ人たちとの共同生活にいきなり投げ込まれるのは貴重な体験になるはずだ。

私は若くないので強い印象を受けるところまではいかなかったが、そのかわり保存運動のひとつのケースとして、さらにはひとが集まってなにかを行う行動モデルのケースとして興味深く観察した。
村人がすべて離村してから長い時間が経過した無人の宿場を、血が流れ息を吹き返すまでに回復させるのは容易なことではない。そして最終的にはなぜ保存するのかという本質的な問題に行き当たる。
さらに私を驚かせたのは、これらの古い家々を修復するための、私には天文学的な数字に思える費用の大きさである。

個人的に思ったのは、保存運動モデルの開発という観点からの関わり方もあってもいいのではないかということだった。建築的な視点だけでなくさまざまな分野の専門家の参加も必要だ。行政の内部に身をおいたこともある私には、地元の行政とのコミュニケーションのありかたについても思うことがいくつかあった。私が関わるならば、それはネットワークメディアとリアルな活動を結びつけることしかない。
言うはたやすく、十年以上も活動しているひとたちにはこうした言葉はそれほど価値がないに違いないのだが。
[PR]
by hatano_naoki | 2005-08-08 23:24 | 日日
<< JAL123便の夏 ラジオ・エチオピア >>