未来を語らず
現代の日本において未来を語るという習慣が失われて久しいという気がする。
私が子どもだった1960年代にはまだ未来というものが存在しているように思えたし、それらは具体的な姿を伴っていた。経済的な発展と生活の向上というモデルである。
今日は昨日よりもよく、明日は今日よりも良い。それはほとんど約束された未来だった。

未来が語られなくなったのはいつ頃からだろうか。
気がつくとメディアは未来を語らず、人々も未来を語ることをしない。誰も飢えず、町は明るく照らされ、交通機関は定刻どおりに発車するが誰も幸せではない。
私は何のために生き、誰のために死んでゆくのか。今、この国で根源的なものが失われていることが露わになってくる。かつて未来はモノの領域にあったが、今ではココロの領域に移行した。そのココロの領域にあるべきコアのようなものが見当たらない社会は腑抜けである。
その理由は、わたしの独断では、私たちが自らの力で未来を切り開いて来なかったからだ。
戦後の日本は過酷な経済的な戦争(あるいはゲーム)を戦い抜いたが、その戦いが生易しいものではなかったのは誰もが認めるところだろう。それはそうなのだが、その戦いはあくまでも大きな傘の下に庇護されており、まったくの孤立的な戦いではなかった。
もちろん経済的なゲームに資源を集中したことは賢明だったといえるが、それがココロの空洞化と引き換えだったことに気がついたのはずいぶんあとになってからだった。

わたしもまた未来を語らない。
では未来がないか、あるいは暗いのかといえば、実際にはそうともいえない。未来への社会的なビジョンがなく、そこに生きる私が途方に暮れているのは事実だが、未来へのビジョンを創出したいという意識もある。これはかなり大事な課題だ。実際、夢見る未来がなければ私たちはやがて滅びることになるだろう。
では一個人である私にそんなことができるのだろうか。
私はある程度はできると思っている。
それはモデリングである。私という一個人が内向してココロを見つめ、そこから未来を夢見ることができれば、それを超ミニサイズでモデリングすることができる。自分がそのように生きようとするということだ。時間はどこでも同じように流れているわけではない。場によって過去だったり未来だったりする。そういう意味で、自分のまわりに未来を呼び寄せてちょっとはやい未来を生きるのだ。
そういう多様なモデリングの現象があちこちに生まれるなら、それは一定のダイナミズムとなるだろう。その場はインターネット上を借りる可能性がある。
未来はインターネット上のささやかなblogから生まれるかもしれないと、たまにはblogを持ち上げておこう。
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by hatano_naoki | 2005-08-23 20:05 | 日日
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