SAYURI
d0059961_7585622.jpgもうすぐ公開される映画「SAYURI」は製作がスピルバーグで監督がロブ・マーシャル、完全なハリウッド映画だ。舞台は日本で主な登場人物が中国人と日本人、使われる言語が英語というのが、映画製作の現場ではこういうことが日常化しているにせよ、面白く感じられる。
昨日、この映画の公開に先立って日本人と中国人の俳優たちが記者会見が行い、その映像をテレビで見た。日本人は渡辺謙、役所公司、桃井かおり、工藤夕貴など。中国人はチャン・ツィイー、コン・リー、ミシェル・ヨー(マレーシア生まれ)などだった。俳優たちの間には親密な雰囲気があったように感じられたのだが、それは幻想だったのだろうか。
記者会見の映像を見ながら考えていたのは、中国という国家のことだった。
近年、中国の存在感が増してきている。おそらくそう遠くない未来には世界最大の経済力ともしかすると最強の軍備を持つ国家となって凋落傾向を強めていくアメリカと対峙するようになるかもしれない。
この隣人と付き合うのは容易なことではなさそうだ。
歴史的に見て中国の他国に対する基本的な姿勢は懐柔、恫喝、教導である。自国に恭順の意を表し、その傘の下に安住するものには危害を加えないが、自国が勢力圏と認識する範囲内にあって逆らおうとするものには容赦なく攻撃を加える。
中国は主人であり教師である。周辺国家は主人に従い、教えを請わなくてはならない。周辺国家は中国にとって領土ではないが自分の自由になる領域である。
こういう隣人がすぐ近くで日々強力になってゆく。私の感じる不安は生半可ではない。
ある中国人に「日本人は中国を怖がっている」と言ってみたことがある。すると日本をよく知る彼は「中国人も日本が怖い」という。日本が軍事力を増強し、大人の国家としてひとり立ちするのが怖いのだ。
国家としての中国と個人としての中国人の間には大きな乖離がある。国家と個人というのは、普遍的にそうなのだろう。
映画「SAYURI」で主役の芸者SAYURIを演じる中国人女優チャン・ツィイーには、たとえば同じ日に日本で記者会見を行ったアンジェリーナ・ジョリーにはない魅力が感じられた。記者会見の壇上で日本人と中国人が談笑する。実に自然な光景だ。中国は強くて優しい隣人なのかもしれない。そういう幻想が一瞬きらめく。
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by hatano_naoki | 2005-11-29 07:42 | 日日
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