はじめてのインターネット
1990年か、あるいは1991年頃のことである。
パソコン通信で知り合ったYという知人の家に遊びに行くと畳の部屋に低い机が置いてあって、その上にSUNのワークステーションが鎮座していた。その前に座った彼は目にも止まらぬ速さでキーを叩く。いくつものコマンドラインを打ち込んだ末に、SUNのCRTいっぱいに巨大な月の表面の画像が表示された。
それが1990年だったとすればWWWやhtmlがこの世に現れる前夜であり、1991年だったとすれば正にWWWとhtmlが生まれた年だったということになる。ちょっと調べた範囲では、インターネットに接続されていた全世界のホスト数は1990年には30万台、1991年には60万台ほどだったらしい。
ものの本によると米国防総省の肝いりでARPANETができたのは1969年のことで、1973年には国際的な接続が始まる。その後ネットワークは次第に成長してゆくが、これと並行して1973年にはイーサネットが、1974年にはTCPが考案され、1975年にはメーリングリストのしくみが実用化される。1983年、国際的なパソコン通信ネットワーク、FidoNet開始。
1985年には日本で通信が自由化される。その前年には日本で村井純らによってJUNETがはじまり、1987年にはWIDEプロジェクトがスタートする。日本のインターネットが海外と接続されたのは翌1988年のことである。
一方、日本では通信自由化を受けて1987年に商用パソコン通信サービスが始まった。私もこの時期に商用パソコン通信を通じてネットワーク・コミュニケーションを体験することになった。
1990年頃には規模は小さいながらもパソコン通信上のコミュニティは成熟しかけており、私もネット上で長い時間を過ごすようになっていた。

SUNのモノクロCRT上で私が見たのはたしかにインターネットを通して取得したどこかの国の画像データだったに違いない。その知人から「インターネットをやらないか」と言われた記憶もある。
しかし私には当時のインターネットはあまりにも難しかったし、その本質的な可能性を理解していなかった。なによりも、私はパソコン通信上のコミュニティにどっぷりとはまって充足しきっていたのである。
1993年にMosaicが、翌1994年にNetscapeが登場する。
私自身がウェブブラウザによるWWW徘徊を体験したのはおそらく1995年の早春あたりのことだった。知人のSがA5サイズのノートパソコンに電話回線をつないでイスラエルかどこかのウェブサイトを見せてくれたのだ。なんと色鮮やかで見栄えのする画面だろうと思った。世界のどこかのサーバーをのぞいている感覚も不思議だった。SはさかんにTCP/IPプロトコルの意義を説明していたが、私にはちんぷんかんぷんだった。
インターネットは本格的に普及し始めていたが、私はネガティブな姿勢をとり続けていた。私がインターネットに"降伏"するまでにはそれから数年が必要だった。私が自分のホームページの試作を始めたのはWWWに出会った1995年の秋頃(接続ホスト数800万台)だったが、実際に公開するに足るコンテンツを準備して公開したのは2000年の1月になってからだった。この年、接続ホスト数は9000万台を越えた。
こうして考えてみると、私がインターネットに出会ってから実際にウェブサイトによる情報発信によって関わっていくまでに十年の年月が流れたことになる。
なんと遅い足取りだったのかと我ながらあきれてしまうが、それだけパソコン通信における"成功体験"が私をインターネットから遠ざけたのかもしれない。
今でもよく覚えているが、あるとき気がつくとパソコン通信が時代遅れになっていた。私はいやいやながらインターネットの世界に入っていったが、違和感を感じ続けた。
インターネットは「疎」の世界で、拠るべき島のようなポイントは存在するもののひとりひとりは孤独である。荒涼とした心象風景が展開した。
それからずいぶん時間が経ってもはやパソコン通信に郷愁を感じることはないが、今でもインターネットは異郷である。おそらくこれからもずっと私の家にはならないだろう。荒野で死ぬのだ。
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by hatano_naoki | 2005-12-19 21:26 | ネットとデジモノ
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