I AM STILL ALIVE
d0059961_1521865.jpg河原温(かわら・おん)のことを思い出していた。
といってもその作品の実物に触れたわけでも体系的に理解しているわけでもない。
ずっと以前、彼の作品"I am still alive"を以前雑誌かなにかに掲載されていた写真で見たことがある。それを思い出したのだ。
この作品群の最初の印象は特にどうということもなかったと思う。コンセプチュアルアートというような呼び方をされる作品は好きではなかったのだ。
しかし不思議なことに"I am still alive"のことを人生の途上でときどき思い出すようになった。
思い出すだけで、それ以上理解が深まることはなく、また記憶の海に沈んでいく。そういうことが何回も繰り返された。
そして私が知るに至ったのは、彼の作品が永遠に接続されているらしいということだった。
翻って私は考える、ある人格の表現は野放図に晒しておくと全人格的な自己表現、なんでもかんでもの表現を許容してしまう。そうではないのだ。表現の幅を狭めること、そぎ落としたテーマと言語でのみ自己を語ること。これは一般に職人と呼ばれている人々の表現手法でもある。

作品群"I AM STILL ALIVE"は素材としては紙であり、属性としては電報である。河原はどこかの国のどこかの町で電報を打つ。その電報の文面は"I AM STILL ALIVE"。これだけだ。彼は別の町に移動する。そこでも電報を打てる場所を探すことだろう。窓口に歩みより、電報をお願いします、と係員に話しかけることだろう。

"I AM STILL ALIVE"の他には"I got up"と"One Million Years"が印象に残っている。
"I got up"はポストカードに"I got up at ..."というスタイルで起きた時刻をタイプした作品。"One Million Years"は百万年にわたる西暦の年号を印刷した書物。

d0059961_13523714.jpgでは河原温とは何者か?
略歴を調べてみると愛知県に生まれ、59年以降メキシコや欧米に滞在。65年からニューヨークで活動をはじめる。66年以降、"I am still Alive"をはじめとする日付のある作品群を制作。91年カーネギー賞、92年アーヘン芸術賞受賞。作品集"I am still Alive""1969. I went, I Read, I Met, Journal""Whole and Parts"他。などと書いてある。現在もニューヨークに住んでいるらしく、70歳代前半くらいの年齢のはずだ。人前に姿を表すことは稀だともいわれているが、こうした一種の匿名性の確保も彼の思想と作品の一部なのだろう。
略歴を読みながらこの作家にとって生地や経歴、ましてや受賞歴などどんな意味を持つのだろうかと考える。
そして、河原温という作家は美術館やその展示会に作品を見に行かなくてもいいのではないかとも考える。

(参考)
コンセプチュアル・アート
1960年代後半から始まった現代芸術のスタイルのひとつ。何をつくるのかよりも概念の提示を主題とする。

"One Million Years"の解説(アキラ イケダ ギャラリー
河原温は1970-71年にニューヨークで"One Million Years (Past)"を12セット制作しました。各セットは10巻で構成されており、紀元前998,031から始まり、紀元後1,969で終わります。各書物は200ページであり、各ページは500のタイプされた年号でできています。この作品は、1971年にデュッセルドルフのギャラリー・コンラッド・フィッシャーで展示されました。"One Million Years (Past)"は"今までに生きた人と死んだ人"に捧げられています。 "One Million Years (Future)"は1980年にニューヨークで最初1セット、10巻が制作され、翌年にデュッセルドルフのギャラリー・コンラッド・フィッシャーで展示されました。紀元後1、981で始まり、紀元後1001,980で終わります。11セットが1981-98年に制作された。"One Million Years (Future)"は"最後の人"に捧げられています。

河原温の作品に出会える場所:
東京国立近代美術館
Dia:Beacon

(写真上:I AM STILL ALIVE 写真下:"One Million Years (Past and Future)"部分)
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by hatano_naoki | 2005-12-28 01:23 | 日日
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