見えるラジオの終焉
d0059961_15265058.jpg我が家の"電子機器の墓場"をがさごそとかき回していたら、"見えるラジオ"(FM文字多重放送対応端末)を発見した。きれいに掃除して電池を入れるとなんの問題もなく動作するのでうれしくなった。
"見えるラジオ"のサービスが始まったのはたしか1995年ころだった。簡便で実用的なメディアとして面白いと思い、対応するラジオを買っていつも持ち歩いていた。
1995年7月ころ、私はある雑誌にこんなコラムを書いた。

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「見えるラジオ」の奇妙な体験

 最近発売された「見えるラジオ」に秋葉原の店頭で出会った。
 「見えるラジオ」はFMの電波の隙間を利用した文字放送である。文字情報はメニューから選択して表示させる。一件あたりの文字量は三十文字。情報量から来る印象は新幹線の車中で表示されるニュースに似ていて、全体としての情報量もたいしたことはない。だがラジオが「見える」というのは思いのほか新鮮な驚きがあった。簡単な操作で少量の情報を入手するというそのコンセプトはパソコン通信の対極にあり、文字情報のみであるという点でテレビと対峙する。「古いメディア」であるラジオの変態(メタモルフォーゼ)の始まりなのだろうか。
 まず、どちらかというとホットなメディアであるラジオがクールなメディアとして感じられた。「見えるラジオ」ではニュースの時刻に合わせて聞く必要はない。これは単方向で情報を送り出すラジオにとってはもしかすると革命的な出来事だ。いつでも文字情報が引き出せるその感覚は小さなデータベースにアクセスするのに似ている。情報量が少ないからその内容は言わばその日のニュースのベストテン、あるいはニュースの目次みたいなものだが世の中の動きのあらましを知るには十分だ。
 「見えるラジオ」とは情報ブロイラー的存在としての現代人に対する批評であると言うこともできる。詳細が分からないというのが一種の刺激だ。私たちは子細すぎる情報を日々流し込まれている。最近のマスメディアは事件をショーアップし感情を込め、一種の情報のイベントとして扱う傾向をより強めている。品のない見物人がそのような傾向を支えているが、彼らの顔のひとつは私のものだ。どのマスメディアにもうんざりしているが、テレビを消さないし新聞の講読を止めない。それらの情報の刺激が断たれるのが不安だからそのままにしているだけのことで、積極的に探そう、受信しようとしているわけではない。そして更に強いもっと多量の刺激が欲しくなる。「見えるラジオ」にはそのようなライフスタイルを断つような効果があるかも知れない。私が秋葉原の街角で「見えるラジオ」から最初に得た情報は横浜での異臭騒ぎのニュースだったが、少ない情報量が事件の異様さを際立たせていた。
 馴染みあるラジオという機械が情報端末になる。手に馴染んだ器に新しい酒を盛るのは手慣れた手法ではあるが、あなどりがたい。「見えるラジオ」の延長上には腕時計型のポケベルがあり、誰にでも扱える情報端末のイメージがある。一方で現在のパソコン通信は栓を開ければ出てくる水道ではなく、水道ではなく水を汲みに行く井戸だ。情報との関わりはより自覚的・能動的だが、大量の情報にまみれること自体がが一種の快感で、そのことが目的化する危険をはらむ。必要な機材、技術、知識などから来るパソコン通信特有の敷居の高さもまだ存在する。それは阪神大震災の被災者やボランティア活動に参加した人たちが痛感したところでもある。
 それまで見たこともない軽量小型のヘッドフォンを付け、ウォークマンを聞きながら町を歩くことは第一号機が発売された三日後にはかなり人目を意識する行為だった。今ラジオを「読む」のも同様に奇妙な光景ではある。だがウォークマンがライフスタイルになったと同じように、電車の中でじっとラジオに見入る人を誰も気にしない時代がすぐそこに来ているということらしい。

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しかしサービスはそれほど普及しなかったようだ。携帯電話が進化して文字情報ばかりかラジオまでも飲み込んでしまった。現在はFM文字多重放送対応ラジオの販売は終了しており、対応端末は一部のカーナビだけになっている。サービスとしての役割を終えたということだろう。
そして結局、個人の必要な情報はそのほとんどが携帯に集約されつつある。
それにしてもメディアの盛衰ははやい。
今日一日、回顧的な気分で見えるラジオを持ち歩いてみた。文字情報がプッシュ型であることが便利だが情報量が圧倒的に少ない。ニュースでいえば30件弱が繰り返されるだけだ。一方、番組と連動した情報は、かかっている曲名を教えてくれたりとなかなか面白い。こうしたサービスはワンセグでも行われるだろうが、マイナーなメディアで試行錯誤を積み重ねたひとびとが過去にいたのだ。
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by hatano_naoki | 2006-03-26 16:14 | ネットとデジモノ
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