本の企画:「那覇からの十二の手紙」
昔からオーソドックスな手紙の文体というものに憧れている。私自身実際にそういう手紙を書いた記憶はほとんどなく、手紙そのものすら死にかけているこの時代に、手紙の文体だけが生き残って文学作品になるというのは奇妙なことかもしれないが、私の個人的な嗜好として、手紙の文体に人間の感情を載せる器としての魅力を感じるのだ。
ある町から発信される一群の手紙。旅の途上から送られてくる手紙。知の往復書簡。手紙は私にとって座談と同じくらい好きな表現手法である。
次に何を書くかを考えていて、内容ではなくスタイルとして、手紙の文体というものが浮かんできた。それはたとえば「那覇からの十二の手紙」というようなタイトルで、12の手紙によって構成される一種の紀行本を書くというイメージだ。おそらくはるか昔に読んだリルケの書簡集とか、そういった作家の手紙のことが記憶の底にあるのだろう。
ところで那覇ほど徹底的に破壊された都市もめずらしいだろう。もちろん最大の破壊は10・10空襲だが、戦後の復興期に町並みに関する文化的復興を行わず、道路の位置すら変えてしまった。戦前の那覇の再生は永遠に不可能になってしまったのである。かつての那覇は古地図と写真と幻想の中にしかない。こういう町を歩くとき、旅人は幻視者にならざるをえないが、これはかなりいい加減であって、かつ自己陶酔的で気持ち悪い。ともあれ、歴史を念頭に置かなかったとしても那覇そのものがいわくいいがたい魅力をたたえた町であるのはたしかだ。那覇をどこまでも歩く男の物語が書きたい。
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by hatano_naoki | 2006-05-28 06:13 | 日日
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