「ハワイイ紀行完全版」(池澤夏樹著)
d0059961_13344555.jpg「ハワイイ紀行完全版」(池澤夏樹著、新潮文庫)は、その内容に心酔しているというわけではないけれども、私にとっては紀行というスタイルについて、また書籍の編集デザインというものについて教えてくれる教科書のようなものだ。
肩に力が入っていなくて楽に読ませるが、本質的なことをさらりと指摘していたりする。衒学的だがいばっていない。文体とか内容がヘンに立っていないのがプロだと思わせる。文体を流れるゆったりとした時間の流れはハワイの雰囲気を漂わせる。こんな本が書いてみたいと思わせるが、おそらくどこかに真剣勝負の世界(たとえば小説)があって、その傍らにこういったある種の余技としての紀行がある。そんな気がする。
私の場合、死ぬまでにあと何冊書けるかわからないが、何十冊ということはたぶんないだろう。ヘタをしたらせいぜい数冊、いや、もしかしたら今回の作品が最初で最後になるかもしれない。こういう状況下で、今回の本が出せることについては出版社の社主であり編集者であるYさんに感謝しなければならない。
これまでに書き上げた「カンボジア・ノート」(仮題)の文章を「ハワイイ紀行」と重ね合わせる。「ハワイイ紀行」はハワイという誰でもイメージできる旅先を選び、土地を丁寧に歩いて観光客には見られない見聞を披瀝し、歴史を語り、重くはないが深みのある紀行に仕上げている。私は日本人のほとんど知らないカンボジアを選び、日本人にはほとんどイメージできないアンコール遺跡に踏み込み、また皆が忘れてしまったポル・ポト時代に降りて行こうとする。結局のところ、アジア好きやカンボジアマニアにしか読まれないとしたら、それはまったく残念なことなのだが。つまり、今回のケースでいうなら、カンボジアというあまり知られていない土地を扱いながらも、どのようにしてある程度の普遍性を獲得すればいいのかということだ。
もうひとつの学ぶべき点、というか模倣したい点は、書物としてのデザインである。昔から注釈のある本を作ってみたいと思っていたが、それが「ハワイイ紀行」を見てよみがえった。つまり、一般的な注釈よりも「それ自体が小さな読み物であるような注釈の群れ」とでもいうようなイメージで注釈を入れてみたいのだ。そしてまた写真の扱いもある。最初に紀行的な本を書こうと思ったときは文章だけで勝負するぞと思っていたのだが、「ハワイイ紀行」には多くの写真が入っている。これでいいじゃないかと思った。文章の表現力不足を写真で補うような関係でなければいいのだ。それでむしろ小さな写真をたくさんちりばめたような本にできないかと考えている。もちろん地図とか図面とかも載せたいものだ。
それに本としてのボリュームがある。「ハワイイ紀行」は558ページもある厚い本だ。これは各ページの下に注釈欄を確保したせいでもあるのだが、私の「カンボジア・ノート」(仮題)2冊のボリュームは同じように換算するとおそらく500ページ以上になり、ボリュームとしては遜色がない。これはちょっとうれしいことだ。本というのはボリュームも大事で、ある程度のふくらみがなければ読者は満足感が得られない。ところが私は書き急ぐ傾向があり、読者を置き去りにしてイメージが勝手にジャンプし、そしてどこかに行ってしまったりする。その結果文章は短くなる。じっくり書き、読者がついてこれるようにしなければならない。遅すぎる文章は嫌いだが、適当な速度を見つけなければならない。
こんな具合で実は私は「ハワイイ紀行」を読んでいないのかもしれない。
本文が固まったあとも、「カンボジア・ノート」(仮題)にはおよそ100本の注釈を書き、100枚近い写真を選定し、地図や図面を準備するといった、いつ終わるのか分からない作業が待っている。
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by hatano_naoki | 2006-06-12 18:47 | 日日
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