神は細部に宿る
神は細部に宿る。

God is in the details

このことばが昔から好きだ。
しかし、ではこのことばの意味は何かといわれると、感覚的にしかこのことばを受け止めていないことに気がついた。そこで少しインターネットをさ迷ってみると・・・。

このことばが誰のことばかははっきりしていないらしい。
いくつかの説がある。
まず、建築家ミース・ファンデルローエ(Ludwig Mies van der Rohe)の言葉だという説。
ファンデルローエは1886年ドイツに生まれ、1969年にシカゴで死んだ。煉瓦職人、家具職人などを経て1912年にベルリンに自分の建築事務所を開いた。その後バウハウスにもかかわった。1937年にはアメリカに移っている。ユダヤ系だったのかもしれない。
ドイツの美術史家アビ・ヴァールブルグ(Aby Warburg, 1866-1929)が好んで用いたというし、グスターヴ・フローベル(Gustave Flaubert, 1821-1880)やイギリスの美術評論家・社会思想家ジョン・ラスキン(John Ruskin, 1819-1900)だという説もあるようだ。
(これらの説の典拠まではあたっていない)
ところでこのことばはどのように理解されるのだろうか。
インターネットから拾ったいくつかの解釈は:
細部にまで手を抜かずきめ細かく配慮して作られたものは美しい
「細部」が「全体」の完成度におよぼす影響を象徴的に表した
美しさと機能の追求はディテールの追求である
建物の最小単位である素材や意匠のひとつひとつに一切の妥協を許さず、情緒豊かな造形美を丹念にかたちにしていく
いずれにせよ「神は細部に宿る」は、アウディの作り込みと完成度の高さを表すのに最適な言葉だろう
万物のいかなる細部にも、「神」のメッセージが込められている
細部へのこだわりが、作品のクオリティを決定づける
たとえば映画のワンシーンで描写される役者の動きから置かれている小道具のデザインや色までが、すべて意味を持つ世界
細部を捨象しない
「完璧主義者」と呼ばれるほどに「細部」にこだわる
ものごとの本質はほんの細かいところによくあらわれる
細部まで手を抜くな、細部の作り込みで全体の完成度は決まる
・・・等々。
もっとも世俗的な解釈は、「手抜きをするなよ」といったところだろうか。

私は先に列挙したような一般的だと思われる解釈を受け入れるけれども、それと同時に、まさに細部に神が宿る(依り憑く)という直接的なイメージをも抱くのだった。
ところでこの神とは何なのだろうか。創造の、あるいは美の神だと考えられるが、まさにキリスト教(あるいはユダヤ教)における神を意味しているのかもしれない。あるいはその両方の混合かもしれない。あるいはギリシャ的な神のイメージかもしれない。正しい解釈を知りたいものだ。
日刊デジタルクリエイターズというサイトにはこんな文章があった。
「もっともこの言葉は、古くからユダヤ教にあったものを、ドイツの建築家ミース・ファン・デル・ローエ(Mies van der Rohe, 1886-1969)が好んで使ったことで広まったようである。原義では「神は日常の些事から遠く切り離された高邁な地に存在するのではない。信仰は日々の現世的な生活から遊離したものであってはならない」という教えのようである(以下略)」
これが事実だとすると、「神」はユダヤ教の神を意味することになる。

インターネットには「相互参照のワナ」というものがある。
Googleで「神は細部に宿る」ということばの由来をたどっていると、あきらかに情報源だと思われるサイトがあり、そのサイトの情報を引き写したと思われるサイトがある。参照と引き写しの連鎖はその情報の"裏づけのない信憑性"を高める。これは一種の伝言ゲームだ。
それにしても、事実とはなにか?

さらに脱線だが、私の思考は細部のみによって構成されている。
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by hatano_naoki | 2006-12-19 18:22 | 神は細部に・・・
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