思考の星雲(6)
d0059961_23303722.jpgこれは率直な感想であるのだが、私がどのような組織にも属しておらず、どのような力の傘の下にもいないという事実、どんな連合にも共同にも参画していないという事実のあまりのけわしさに戦慄することがある。いつもひとりきりで仕事し、ひとりきりで考える私は、自分で少しずつ自分の立場をより原理的な方向に押しやりながら生きている。そうして自己の拠る場所の純粋性を担保し、その結果、感覚のさらなる励起を期待したりもする。孤独を感じることはないが、孤立していると思うことはある。孤立は別に勝ち取ったものではなく、多くの失敗と怠惰の結果にすぎないが、そういえば私は生涯のほとんどを孤立して生きてきたのだった。そのことはいくらかの苦笑いを誘うが、それ以上でもそれ以下でもない。いずれにしても、おそらく私は死ぬまでこのような状況の中で生きていくだろう。そういう私だが他人との共同作業に関してはそれなりの経験を持っているし、そのことが好きだ。他人と組んでなにかを企てる楽しさは、しごとであれノンプロフィットのことであれ、変わりがない。孤立したひとたちが出会い、チームを作り、なにかを成し遂げて、さらりと散ってゆく。こういうかっこよさは捨てがたいものがある。

写真:鷲星雲(eagle nebula, M16)。暗黒星雲のひろがる空間で星が生まれる。
copyright(C)NASA
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by hatano_naoki | 2007-03-04 18:01 | 日日
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