レンズのないカメラを持つひと
古本屋街を歩いているとき、ひとりの男とすれ違った。
おそらく二十代だろう。スニーカー、だぶだぶのグレーのパンツ、よれよれの薄手のハーフコート。髪型は長くもなく短くもなく、乱れているともきれいに撫で付けているともいえない。彼女のいなさそうなタイプだ。首から下げたカメラがへその上あたりで揺れるのを左手で軽く押さえるようにしている。
なにかが奇妙だと思った。
すぐに気がついたのは、そのカメラにはレンズがついていないのだった。
ボディについているのはボディキャップだけのようだ。
男が持っているのはレンジファンダーのついたデジタルカメラだった。このタイプでは極端に薄いタイプのレンズもあるし、沈胴型のレンズもある。しかしそのカメラについているのは間違いなくボディキャップだけのようだった。
すれ違う一瞬、考える。この男はなぜ、レンズをつけないカメラボディだけを下げているのだろうか。最初に浮かんだ解は、みせびらかしているということだった。高価なそのカメラを買ったが、買えたのはボディだけだった。ボディだけでも十分に高価だったのだ。
つぎに浮かんだのは、彼がパフォーマーであって、レンズのないカメラを下げて歩くという路上パフォーマンスをしているという解だった。
その次に浮かんだのは、彼が精神にいくらか変調をきたしているのかもしれないということだった。
あるいは単にカメラを運ぶのに手に持ったかばんに入れるよりも首から下げる方が楽だということかもしれないし、レンズをつけるのを忘れて出てきてしまったのかもしれない。カメラボディだけを装身具として買ったのかもしれないし、カメラを哲学しているのかもしれない。あるいはそれはカメラではなかったのかもしれない。
振り返って信号待ちをする男の後姿を見た。普通といえば普通で、おかしいといえばおかしい。
たしかなのは、解は永遠にわからないということだ。
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by hatano_naoki | 2007-03-30 21:07 | 日日
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