喫茶店で芝居の稽古をするひと
ドトールコーヒーに入って窓に面した長いカウンターの真ん中あたりの席に座った。右端には中年の男性がひとり、左端には50代くらいの女性がふたり座っている。私は書類を取り出した。
いくらか時間が経って、喫茶店のざわめきの中からいくらか違う性質の音が聞こえてくるのに気がついた。なぜその声が際立っていたかといえば、その声色が会話のそれではなかったからだ。つまりそれは相手のいない発声だったのだ。
電車の中や喫茶店で電話をしているひとの声が会話の声よりも気になるのはなぜだろうか。会話の声が気になることもあるけれども、電話の声は間違いなく気になる。声をひそめて、まわりを気にしているならば電話の声もそれほど気にならないが、まわりの人間を気にしない大声での電話はまずその鈍感さが耐えられないのにちがいない。
そのとき私に聞こえてきたのはモノローグだった。左側の女性のひとりが、なにかの芝居の台本を読んでいるようだ。もうひとりは聞き入っているようだ。その声はすぐやんで、それから彼女たちは低い声での会話に戻っていった。
しばらくしてまた朗読が始まった。今度は、討論の結果だろうか、声は張りがあり、より舞台の雰囲気に近づいているようだ。もはや店の客はどうでもいいのかもしれないし、あるいは店の客を舞台の観客だと思い始めているのかもしれない。
いまや朗読の朗々たる声が店の空間を支配している。それでも客の様子は変わらないが、中には聞こえてくる朗読と闘っているひとびともいるに違いない。少なくとも私がそうだった。
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by hatano_naoki | 2007-04-06 21:19 | 日日
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