かつてパソコン通信というのものがあった(4)
未来的なコンピュータコミュニケーションの世界に大きな期待をもって入り込んでいった私はユーザーの少なさに起因するフォーラムでの発言の少なさとその内容のつまらなさにあきれた覚えがある。スタートから2ヶ月が経ったニフティは、すべてのフォーラムを見たわけではないが、スカスカだったのだ。会員の登録数が数千(アクセスしている実数はこれよりもずっと少なかったはずだ)では無理もない。一方、日経ミックスは面白かった。知的でスノッブな感じ。小文字のアルファベットのUNIX系コマンドがかっこよかった。
最初はスカスカの状態だったニフティのフォーラムだが、しかしいくらもしないうちに会員が増えるにしたがって活性化しはじめた。
私もしだいにいくつかのフォーラムで発言をはじめ、電子会議で発言すること、電子会議で知り合った人たちとメールを交換したり直接会ったりすることが日常化していった。

パソコン通信の見かけ上の特徴はテキストベースであることと、メニューからの選択とコマンド入力によるナビゲーション、それにに集約される。
しくみからいえばひとつのパソコン通信サービス上のコミュニケーションはひとつあるいは一群のサーバー群の内部で完結している。
商用ネットではそれらに加えて認証システムによって外部からは閉じた世界を作っていた。
パソコン通信ネットはそれぞれが「島宇宙」があって、「島宇宙」相互間のコミュニケーションはなかったし、認証で守られたシステムではさらに閉鎖性が強まった。閉鎖性は安全性に通じていた。

パソコン通信は刺激的だった。
まず通信の道具としてのコンピュータの印象がある。コンピュータ画面を文字が流れてゆく光景そのものが私には珍しかったし、画面が液晶ではなくCRTだったことも関係していたかもしれない。コンピュータはまだいくらか計測機器のような機械的側面を露出させており、パソコンではそれが顕著だった。ビジネスワープロでは機械に匂いはずいぶん影を潜めていたが、それでも黒い画面を流れる緑色に輝く文字の印象はきわめてハイテックな強い印象を私に与えた。
それからもちろん、パソコン通信というしくみの印象がある。知らないひとの文章、感情、知識が繰り広げられる電子の空間のイメージは鮮烈だった。しかもそれらの文章はいわばしろうとの、
無名のひとびとの書いた文章である。それまでの私が読んでいた文章といえば、週刊誌にせよ、単行本にせよ、基本的に文章を書いてメシを食っているひとびとの書いた文章だった。パソコン通信に氾濫していたのは文章を書いて金儲けをしないひとが書いた、へたで論旨があいまいな文章ばかり。しろうとの書いたぼうだいな量の文章を読む毎日がはじまった。
これは奇妙な体験だった。渋谷の雑踏ですれ違うならば群集のひとりにすぎない誰かの息遣いがパソコン通信上のメッセージから伝わってくる。私は生々しい「大衆」を発見したのかもしれなかった。

今、「文章」と何回か書いたが、パソコン通信(私の場合は商用パソコン通信ネットの世界)で読むことになったメッセージはかなり書き言葉のニュアンスが強かったように思う。ひとりごと、愚痴、いたずら書きに類するメッセージは少なかったし、そういう種類のメッセージは排斥される傾向があった。もちろん多くのセグメントに分かれてそれぞれがほぼ独立していたパソコン通信のコミュニケーション空間(たとえばフォーラム)においては、多種多様な場が成立していたのも確かで、少なくとも私がコミットしたコミュニケーション空間では、書き込まれるメッセージは文章として成立しうるものが多かったというべきかもしれない。メッセージは「論理的整合性」を保つことが求められたし、当然のことだが日本語として読むに耐えるべきだと考えられていたと思う。

こういう雰囲気の根源は商用パソコン通信ネットが一種の管理空間であったことかもしれない。商用パソコン通信ネットはクレジットカード決済、認証システム、会員規約、それにフォーラムごとの管理体制によって幾重にも管理されていた。匿名でメッセージを書くことは可能だったが、その人物が誰かは運営会社からは簡単に把握できる。場を過度に混乱させたり破壊したりするような行動に対する抑止力はかなり強いものがあった。
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by hatano_naoki | 2007-04-29 17:46 | ネットとデジモノ
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