かつてパソコン通信というものがあった(6)
ニフティのフォーラムの電子会議の特徴はメッセージ間のコメント関係が明示されていることだった。この点はニフティ以外の大型商用ネットにも共通していたはずだ。議論や情報交換や雑談はコメントの連なりによって深まり、あるいは途中で枝分かれしていく。だいぶ前に書かれたメッセージへのコメントも可能だ。
今から振り返ると、コメント機能が存在したことはパソコン通信の電子会議の内容と雰囲気にずいぶん影響したと思う。コメント関係の明示はメッセージ相互をかなり強く結びつける意味合いをもっていた。いい関係ならばプラスに働き、不穏な関係ならば関係をより一層悪化させることに寄与した。あえてコメントとしないで独り言として批判を述べるようなワザも存在した。
最近の会議システム、たとえばmixiでは自分のメッセージがどのメッセージへのコメントかを示すしくみはなく、自分のメッセージの文中で対象となるメッセージの番号を書いて、これへのコメントですよ、といわなければならないし、そもそも古いコメントは「無効」になってしまっていて、目の届く範囲のメッセージに対して相手の名前を呼んでコメントするという程度の反応しかできない。つまりmixiは議論のしくみではなく独り言をつぶやくためのしくみなのだろう。私にはSNSは機能の低いパソコン通信の焼き直しに見える。
パソコン通信でのコミュニケーションはときとしては格闘技だったが、mixiを見ていると人々はいかにこじれた議論をしないですませるか、いかに議論を回避するかに腐心しているように見える。場が荒れることを極度に恐れているようだ。そういう時代なんだなあと思う。
mixiでは相手と対面するのではなく、顔の向きが微妙にずれているように感じる。相手の目をみていないという感じ。パソコン通信の終わりと共に、格闘技としての議論の時代もまた終わりを告げたようだ。2チャンネルは、あれはフォーラムと比較するものではないように思う。
最近よく思うのは「進歩」あるいは「進化」ということばが使いにくいということだ。「変容」ということばが使いやすい。電子会議のしくみは私にとってはパソコン通信の時代のほうが高機能だったと思えるし、mixiでコミュニケーションなんてできるのかよと思ったりもするが、現実のmixiでは数百万のユーザーが日々コミュニケーションにはげんでいる。彼らはmixiに特に不満を持っていないにちがいない。
[PR]
by hatano_naoki | 2007-05-03 21:43 | ネットとデジモノ
<< 小さなフレンチレストランの窓辺 私鉄駅前 >>