かつてパソコン通信というものがあった(8)
パソコン通信のコミュニケーションが基本的に文字だけだったのは当時の技術的な制約によるものだったけれども、結果としてそこでのコミュニケーションにある種の深みを与えたと思う。
文字だけのコミュニケーションでは自分の考えを文章でどれだけ正確に表現できるかが試されたし、その意味では知の競技場のようなおもむきすらあった。一方で文字だけのメッセージは想像力が働く余地が大きいし、憶測や妄想を後押しする効果があったのも事実だ。
文章から相手の意図や主張を読み取ろうとするとき、自分の内部にすでにあった相手への批判や不満や憶測やその他もろもろの邪悪なるものが影を落とし、冷静な判断をゆがめてしまうこともある。相手のメッセージに自分の内部の闇を見てしまうことも、ある種の妄想のとりこになることもある。つまりパソコン通信はかなり心理学的空間だったように思う。
パソコン通信ネット上のコミュニケーションに内在していたこうした傾向は現在のインターネットでも本質的にはそれほど違っていないはずだが、私が年をとって摩滅したせいか、インターネット上ではそれほど心理学的空間を体験していない。むしろ携帯メールでのコミュニケーションに心理学的要素を見ることが少なくなかった。個人的な感想としては、パソコン通信ネットのコミュニケーションの魔物はインターネットに移り住んだのではなく携帯メールに乗り移った。
パソコン通信の魔物は電子会議やメールといった主要な機能の隙間ともいえるネット上のリアルタイム空間にも住んでいた。具体的にはその瞬間にネット上に誰が存在するかをIDで確認する機能やその相手にだけリアルタイムで呼びかける秘話的機能があって、こうした重層的なコミュニケーション手段が個人と個人をより深く結びつける役割を果たしていた。
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by hatano_naoki | 2007-05-07 19:23 | ネットとデジモノ
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