思考の星雲(8)
『カンボジア・ノート』二冊を出してから半年が経ったが、次を書くことができずにいる。
何度もいくつかのテーマで書き始めようとしたがうまくいっていない。しかし確実になにかを書きたいと思っている。
自分を慰めるために書くのではない。表現することそのものがかけがえのないことだ。表現にもいろいろある。私にとって文章を書くことはもっとも本質的な表現だが、ウェブサイトを作ること、ブログをやること、そして最近では写真を撮ることも表現のひとつになってきている。
本を書くことはひとつの完結した世界をかたち作るという意味で実に楽しい。一方、ウェブサイトやブログには終わりがない。この差は相当に大きいが、本を書くこととウェブやブログを作ることを往復することは頭の健康にはいい気がする。
文を書くことについてもそのほかの表現についても、自分の限界と可能性はわかってきた。それは愚痴でも楽観でもなく、まさに自分の能力がどの程度のものかという判断にすぎない。その上で、私にも書けること、表現できることがあると思う。たくさんのことに落胆し、あきらめたあとで、それでも大量の泥を洗い流したあとに残る砂金のような表現があるかもしれない。
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by hatano_naoki | 2007-06-15 19:48 | 日日
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