インターネット上の旅行関係掲示板におおよそこんな質問が書き込まれた。
「今までずーっと行きたかった国アンコールワットに女の子2人で行きます・・・アンコールワットには2日間行きます・・・アンコールワットでおすすめの場所があったら教えてください。」 この質問者が言っているアンコール・ワットがまずカンボジアのことであり、次にアンコール遺跡群のことであるのは明らかだ。 アンコール遺跡群ということばが日本ではほとんど認知されておらず、アンコール・ワットはそれとは比べものにならないくらい有名で、多くの旅行者の意識の中でこの両者の定義と概念が混乱していることは以前『アンコール遺跡を楽しむ』で指摘したことがある。それに加えてこのメッセージではアンコール・ワットの定義と概念が今、カンボジアという国名をも呑み込もうとしていることがわかる。 質問者は若い女性だろう。 最近の学校教育では世界史も世界地理も手抜きだから、この無邪気な質問はカンボジアという国名もその所在もしらずに社会に出て行くひとびとがたくさんいることの例証になる。 そしておそらくもっともありそうな原因は旅行ガイドにあると思う。最近の日本の旅行ガイドでは書名が『ベトナム アンコールワット』というようになっているものが多い。カンボジアの国名を表記せずにアンコールワットとだけ書き、ベトナムあるいはタイと抱き合わせで一冊にしている。これではアンコール・ワットという国があるとは思っていないとしても、つい今回のような質問をしてしまうようなひとたちが増えてゆくことになるだろう。 それにしてもおそるべき概念の混乱だ。自分が何を見にどこに行くかが、この若い女性はわかっていない。 私は個人的にはなんであれ定義が大事だと思うようになってきている。定義がはっきりすると対象物が理解しやすくなることがしばしばあるからだ。今回のケースでいえば、 「今までずーっと行きたかった国カンボジアに女の子2人で行きます・・・アンコール遺跡群には2日間行きます・・・おすすめの場所があったら教えてください。」 というのが正解のはずだ。 そしてまたこのケースは、地理的に狭い範囲を指すあることばがより広い範囲を意味するようになっていくという、歴史上しばしば起こる現象の事例でもあるかもしれない。それは自然発生的にも起こるし、政治的・行政的な意図を持っている場合もある。 アンコール・ワットの持つ、そして今後はさらに巨大になっていくであろうその知名度、イメージ、外部への訴求力が、まずアンコール遺跡群を呑み込み、今はカンボジアといういまだ離陸できない弱小国家をも呑み込もうとしている。 この質問に対してその後いくつかの回答が書き込まれたが、質問者の間違いを指摘するひとはいなかった。もやのようにあいまいな理解が全体を包んでいるらしい。
by hatano_naoki
| 2007-06-19 06:35
| カンボジア
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hatanonaoki@gmail.com website: アンコール遺跡群 フォトギャラリー Twitter: hatanonaoki [最新刊] 詳細 『アンコール文明への旅』 『キリングフィールドへの旅』 カテゴリ
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