母胎回帰ストーリー
光市母子殺害事件の差戻し審公判は実に気分の悪くなる経過をたどっている。
その核心は最近になって死刑廃止論者の弁護士たちによって持ち出された「母胎回帰ストーリー」ということばに集約されるように思う。
ある事実があるとして、その事実とはなにかということを明らかにしようとするとき、人はその付近の「見取り図」をことばによって書こうとする。ことばとことばの間の整合性が高ければその「見取り図」は信頼に足ると思われる可能性が高いにちがいない。
普通、このような「見取り図」は事実と思われるあたりを周回しながら次第に近づいてゆくために描かれる究明の作業だ。ところが先に「ストーリー」があったとしたらどうだろうか。こうであるべきだという結論にいたるために描かれた「見取り図」は、それなりの一貫性、整合性を持っているだろうが、それゆえに逆に異様さを際立たせる。
光市母子殺害事件における弁護手法は、まず死刑は行うべきでないという信念があり、次にどのような被告も死刑にすべきでないという目的があり、そのための方法論として死刑に相当しないという結論に導くための「論理」が構築され、「見取り図」が描かれる。そこから生まれる論理のゆがみ、「ストーリー」から見えてくる光景は嘔吐をも催すほどだ。
裁判という場で弁護士は何をいってもいいということを、私はこの事件の公判報道を通じてはじめて知った。弁護士には原告を極限的に中傷したり、被害者である死者の尊厳を信じられないほどの卑劣さで貶めたりする権利が認められているらしい。そういう卑劣が法の正義という衣をまとっている。
死刑廃止論にはそれなりの根拠があり、彼らにはそれを主張する権利がある。しかしこの公判を通じて彼らは一種の過激派として大衆から離反してしまった自分たちを発見するだろうし、それだけが彼らの収穫となるだろう。
彼らの正体は死刑反対論を収束させるための陽動作戦を行っている死刑賛成論者に違いない。

[母胎回帰ストーリー]
このことばを用いたのは被告側の依頼を受けて被告の心理鑑定を行った加藤幸雄氏(日本福祉大学副学長・学園常任理事・社会福祉学部教授)だという。この人は精神科医ではなく臨床心理士であり、臨床心理学の専門家だそうだ。 
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by hatano_naoki | 2007-07-26 18:31 | 日日
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