旅の途上で出会ったひとを急に思い出す
ふと何人かの若者の顔を思い出した。
彼らは私が旅の途上で出会ったひとたちである。
私がはじめて海外に出た1972年、約139万人の日本人が出国している。わたしはその中のひとりだった。インドではじめての一人旅を経験した1974年、旅行者数は233万人だった。
アジアからヨーロッパまでの長い旅をはじめた1976年には285万、旅を終えた1977年には315万。500万人を越えたのはそれから9年後の1986年で、この頃には私の大航海時代の第一期は終わろうとしていた。
この頃まで海外旅行者ののびは驚異的ともいえなかったようだ。しかし1990年には1000万人を、1995年には1500万人を超える。その後伸びは鈍化し、2002年まで1600万人前後で推移した。ピークは2000年の1782万人で、その後もこの数字は超えられていないという。
私の大航海時代は1964年にはじまった日本人の大航海時代の8年後にスタートし、その頃の海外旅行者は現在と比較すれば十数分の一でしかなかった。一方でこの数字は1964年以前の旅行者(というよりも渡航者と呼んだほうがいいだろう)にくらべれば飛躍的に多いわけで、私は海外旅行の大衆化の比較的最初のほうを経験したことになる。
こうした状況の反映として、1976年から1977年にかけての私のアジアからヨーロッパに向けた旅の中で日本人に出会うことはまれだったから、偶然に出会った彼らとは少なくとも一緒に食事をしたりいくらかの情報交換をすることが不自然ではなかった。しかし日本人旅行者とのこういう関係は、パリにまで到達したとき明らかに変化した。パリではさすがに多くの日本人を見かけたが、彼らが私に話しかけてくることはなく、私もまた彼らに懐かしさや親しみを感じることはなかった。
私の記憶の中にいる私が出会った日本人の若者たちの姿、彼らの雰囲気、話した内容は今でも比較的鮮明だ。彼らは私の中にいて、ごくまれにだが登場してくる。それはまるで若くして死んだ友人たちを思い起こすような心の動きだ。
彼らが今どうしているかは、もちろんわからない。名前を聞き住所を交換したこともあったがすべてなくしてしまったし、あったとしても会うことはなく、会ったとしても何かが起こるわけでもない。そのことを記憶の中に大事にしまっているという感じでもない。ただ単に、彼らがこの日本の社会のどこかで、何かをしながら生きていると思っている自分をもうひとりの自分が見ている。私の想像では彼らは何者にもならず、ひとりの庶民として日々を生きている。そういうかつての若者がこの社会の一角をなしているのだなと、休日の午後にふと思うのだ。
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by hatano_naoki | 2007-09-09 16:58 | 日日
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