China-couscious?
最近チャイナなんとかという言葉がはやっているようなので、China-cousciousあるいはChina cousciousということばはあるのだろうかと考えた。Pax AmericanaにおけるChina consciousな行動様式、というわけだ。それでちょっとググってみたのだが、どうやら一般的には使われていないようだった。英語としては正しくないのかもしれない。
China-cousciousというのは私のイメージでは「中国を意識した(あるいは、慮った、気にした、遠慮した、恐れた、配慮した)世界の行動、反応」というようなニュアンスで、中国というありとあらゆる意味で巨大であることをその威力の本質とする特異な国家の近年における急激な変化に対する国際社会の右往左往を揶揄する意味合いも持っている。
西欧的基準からはあきらかに非民主国家である中国はその力の大きさゆえにさまざまな局面で「最恵国待遇」を受けている。中国抜きには国際情勢も環境保護も語れない時代だ。
「アメリカによる平和」から連想して、将来現実のものになるかもしれない「中国による平和」とはどのようなものかを考えようとするとき、まず浮かんでくるのが明の提示した国際的な枠組みである冊封体制である。かりに中国が現代における冊封体制を構築しようと考えたなら、まず実行するのは軍事力の強化のはずだ。それも比類のない強力な軍事力。自らがスーパーパワーを備えた世界の王となり、しかもそれを行使しないこと。
妄想は錯綜するが、とにかく中国が想像もつかない巨大な力を持った隣人になってゆく憂鬱な未来が確実にやってくる。
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by hatano_naoki | 2007-10-17 22:06 | 日日
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