書く道具、そして何を書くのか
今現在の「書く道具」はSONY製のノートPC、VAIO SRである。
私が使っているモデルが登場した2002年頃のSONYはまだ元気があり、アグレッシブな製品を投入していたが、このSRシリーズも無線LAN/bluetoothの標準装備という当時としては贅沢な仕様だったし、なによりも長時間使用可能な大容量バッテリーの存在が魅力的だった。この機械でどれほどの仕事をし、文章を書いたかわからない。
丸3年が経過して、その間大きな障害もなく元気で動いているが、キーボードは相当くたびれてきて取りこぼしが増えてきているし、2本目の大容量バッテリーにも疲れが見え始めた。機構上の問題なのだろうが、液晶画面はうしろに倒れてしまいがちだ。
そろそろ次の「書く道具」を探さなければならないが、SONYのモバイルノートがほぼ壊滅した現在、残る選択肢はPanasonicのlet's noteシリーズの1スピンドルPC、R4くらいしか見当たらない。
モバイルノートは、極端な表現に走るなら、私の人生そのものである。
書くことによって自分は支えられ、他人とコミュニケーションする。そういう生活が最初にパソコン通信に出会った1987年頃から絶えることなく続いている。最初の頃はデスクトップ機の前に座り続けていたが、SRを使い始めてからは町が仕事場になった。それ以前も、FROM9MDとかOASYS30ADとかの富士通製ポータブルマシンを使って1980年代末からずっとモバイルコンピューティングなるものをやり続けてきたが、SRを持つことでビデオ編集を除いて私がPCでやりたいことのほぼ全てを喫茶店のざわめきの中でできるようになった。さらに最近は公衆無線LANによって私はつねにネットの中にいる。
こういう状況はいくらか不安で不安定だが、移動すること、考えること、表現することの距離がとても近いというメリットがある。ちょっとうまく表現できないのだが、私は移動・思考・表現の統合環境とでもいったものに溶け込んでいる。
まあこういう道具立てで書こうとしているわけだが、では何を書くのか?

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by hatano_naoki | 2005-05-31 10:06 | 日日
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