目撃者の肖像
「ロバート・キャパ決定版」(原題Robert Capa:The Definitive Collection)という分厚い写真集を手に入れた。キャパは生涯に7万枚以上の写真を撮ったが、この本にはキャパが最初にメディアに発表した写真(1932年)から生涯最後の1枚(1954年)まで、1000枚近い写真が収められている。編集は弟のコーネル・キャパとキャパの伝記を書いたリチャード・ウェラン。
キャパの写真は何度か展示を見たことがあるが、これだけまとまって見るのははじめてだ。
まず、これまでに見たことがあって印象に残っている何枚かを探した。
私の好きな写真はいずれもスペイン内戦時に撮られたもので、それも共和国側の民兵の写真だ。ふだんなら町を歩いているような姿の男が銃を構えている。銃剣を腰に下げた女性の民兵が土嚢の陰から敵の姿をうかがっている。
民兵の服装はばらばらで装備も不十分に見えるが、その不統一は彼らの置かれた状況を如実に示すと共にその状況に対する彼らのメッセージとなっている。
ずっと昔、スペイン内戦に興味を持っていた時期がある。それは市民が武装して国を守るためにファシズムと戦うという図式への単純なロマンティシズムであり、国際旅団とかそういった「連帯と情熱」を象徴する英雄的な物語への憧れにすぎなかったかもしれないが、スペイン内戦が象徴的な戦いであり、私が学ぶべき多くの事柄を含んでいたのは確かだ。
フランコがあいかわらず権力の座にあった1980年代半ば頃にバルセロナに行ったとき、グエル地下教会に足をのばした。教会の管理人の名はエンリケといい、近所に畑を持っている年とった農夫で、内戦時に共和国側で戦った人物だった。少し足が悪かったがそれは内戦で負傷したからだという。
グエル教会の暗がりでエンリケの説明する声を聴きながら、私が実際に聴いていたのは彼の内戦の記憶であったのかもしれない。
キャパの写真には死体がそれほど登場しない。それがキャパの取材手法なのか、それとも編集者の選択なのかは分からないが、私にはキャパの視線そのものであるように思える。
今となってはキャパの切り取った戦場にはノスタルジックな雰囲気すら漂う。戦争写真が戦争の質を反映するならば、キャパの時代の戦争はその後大きく変容を遂げたことになる。
言い古された表現だが、そこにいない限り写真は撮れない。写真ばかりでなく、表現する者はそこにいなければ目撃できない。写真家はすぐれて目撃する者だが、戦場を撮る者は自分の最期すら目撃するのだ。

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by hatano_naoki | 2005-05-31 16:39 | 日日
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