人気ブログランキング | 話題のタグを見る
セスナがビラを撒きながら飛んでいく
単発・高翼で脚を出したままの小型機セスナがビラを撒きながら飛んでいく光景は昭和三十年代初頭の東京ではよく見られた。
ブーンというエンジン音がずっと遠くから聞こえていた。それから小さな機体が視界に入ってくる。セスナは超低空というわけではなく、おそらく二、三百メートルかそれ以上の高度で水平飛行しながらビラを撒いた。ビラをどのようにして撒いたかはわからなかったが、たぶん窓を開けて手で空中に投げ出したのだろうと思う。機体を離れてすぐは黒いかたまりで、しかしすぐに広がって飛行機から延びる幅広の帯のようになり、飛行の曳く航跡のようになって、それから次第に拡散していき、やがて一片一片がひらひらと舞う紙片であることがわかってくる。空を無数のひらひらが覆ったと見る間にそれらはわたしたちの間近に舞い降りてくる。
ビラがわたしたちの上に降ってくる幸運は当然のことながら極めてまれだ。わたしたちは空を眺め、ビラの流され方から落下地点を予測しながら路地を走り、それらが地面に到達する前に空中でつかまえようとする。高い空から落ちてきてまだ空中にあるものをつかむとき、それはなんだか実に価値のある行為のような気がしていた。
ビラは粗末なわら半紙かなにかにどこかのお店の大売出しの文字を刷ったような内容だったと思う。それを空から撒くとは考えてみれば実に素朴かつ無謀な広告の手段だ。今はそういうことはなくなったからある時期に禁止されたのだろうが、それがいつだったかはおぼえていない。あるとき気がついたらビラを撒くセスナ機の姿はみえなくなっていた。もうセスナの撒くビラを追うことはないが、似たようなことをいまだにしているような気がしないでもない。
by hatano_naoki | 2008-04-21 21:30 | 記憶のメモ
<< イー・モバイルのS11HT(1... はじめての読者 >>