チベットの今日
チベットのニュースを聞かなくなってしまった。
かの地でなにが起こっているのか、もうわれわれは知ることができなくなっており、チベットに特に深い関心を寄せているひとにぎりのひとたちだけがチベット人たちの運命を憂いている。
以前からときどき見に行っているチベットの専門サイト、I love Tibet!にはチベットの状況が簡潔にわかりやすく述べられている。このサイトはもともと政治的ではなかったはずだが、現実のチベットが強い抑圧のもとにあることが世界的な規模で明らかになった以上、そのことに触れないわけにはいかないだろうし、その結果サイトが政治性を帯びることからくる苦渋を想像できる。
なぜかといえばわたしもまたカンボジアの専門サイトとみなされるウェブサイトを作り運営しているからだ。カンボジアの今日の現実はチベットとはくらべものにならないにせよ、正義が社会を律しているとはいえない、憂鬱な側面を持っている。わたしはそのことをサイト上で訴えたことはないが、それはサイトに政治的な色を与えたくなかっただけでなく、政治的な批判だけが一人歩きすることに危惧を感じるからだ。今日の現実は歴史を負っている。今日にいたる歴史、その経緯を知ることなく単に弾圧や抑圧を訴えることに不安を感じる。
ただし刺激的な体制批判ではなく、社会の現実のさまざまな局面を知らしめることによって読者がみずから理解していき、体制の実態をつかむならばそれが望ましいことだと思うし、そういうスタイルでやっていきたいと考えている。
チベットの場合も、暴動と弾圧という暴力の衝突の構図ばかりが強調され、なぜそうなったかはわずかに説明されたにすぎないような印象を受ける。つまりチベット人たちの絶望はうまく伝えられなかった。
あっという間に忘れられ、あるいはそう仕向けられたチベット。世界はなぜこれほどまでに不条理なのか。彼らの絶望はこれからが本番だというのに。
心の奥底でチベットを忘れないでおくつもりだ。
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by hatano_naoki | 2008-06-21 22:23 | 日日
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