英語で話すと積極的なわたし
ロイターの記事によると、「2つの文化に順応し2つの言語を話す人たちは、話す言葉によって無意識に性格も変えている」という研究結果が発表された(ニューヨーク市立大学バルーク校とウィスコンシン大学ミルウォーキー校のチームが、バイリンガルのヒスパニック系女性グループを対象に実施したもの)。「被験者の女性たちは英語を話すときよりもスペイン語で話すときに、自分がより積極的に自己主張すると答えた。また、この変化はバイリンガルでも1つの文化のみに適応する人たちよりも、バイリンガルで2つの文化に順応する人々の間でより顕著だった」ということだ。
わたし個人にとっても、この結果には大いにうなづけるものだある。わたしの場合、母国語以外にはわずかな英語が話せるだけだが、それでも英語を話す自分の人格が積極的で明確な意見を持った方向にシフトしているのを感じる。
それは英語という言語の論理性があいまいな思考を許さないからではないかと思うし、自分の中の積極性が外国語を媒介にして活性化する、つまり隠れていた積極性が出口を探していたというふうにも思う。
あるいは単に英語に仮託して自分の変化を楽しんでいるだけなのかもしれない。さらにいうなら日本語を話すとき、つまり日常の時間の大半だが、普通に話される日本語のあいまい性の部分をあえて拡大して遊んでいる自分を感じている。
いずれにしても英語を話している自分が明快で好きだ。そのときわたしは明らかに違っていて、日本語では決していわないことを言っている。
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by hatano_naoki | 2008-06-26 12:59 | 日日
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