外部脳としてのgmail
たいしておおげさな話ではない。
なくしたくないファイルの最終的な避難所として、また頻繁に修正を重ねるデータのバックアップ先として、gmailの大容量の恩恵を受けているということを書き留めれば十分だ。
きょう現在のデータ容量は7,086MBということになっている。だいぶ前だが3GBくらいだった気がする。ひとつのメールアカウントに与えられるデータ容量がじわじわと増えていくという状況はこのアカウントに対する安心感を増す効果がある。このあたりもGoogleは実にうまい。人生を知っているのだろう。Microsoftとの大きな違いだ。メールアカウントそのものも最近はGmailの比重が高まってきた。
この20年間にかなりの量のデータを作り、保存してきたがその大半は失ってしまった。しかし残念だとは思わない。ほんとうに必要なデータなどたいした量ではなく、それも結局失われていく。だいたいデジタルデータは実際には失われやすいと思うのだが、自分自身がその恰好の事例だということだ。
国会図書館はウェブサイトのデータをその蔵書と同様に永久保存しようとする意向を持っているらしく、予備調査が行われていることは知っている。しかしこのプロジェクトが最終的にどこに着地するのか、わたしは知らない。ただ、自分のウェブサイトが永久に残ってほしいとは考えており、ただし今のしくみではわたしが死ねばドメインの維持やサイトの静的管理すらむずかしくなるだろうことは明らかなので、あれこれ考えていたところにこの国会図書館のプロジェクトのことを知って光明が見えた気がしたものだ。国会図書館のサーバーに自分のサイトが遺作となって格納される。これもまた自己の拡張であり、うれしい妄想だ。
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by hatano_naoki | 2008-08-31 17:40 | ネットとデジモノ
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