『パソコン通信本』その後(4)
パソコン通信とそこで起きたことについていまでもなんらかの関心を持っているひとがどれくらいいるのかと考えてみると、本を書こうとする意欲と希望が急速に萎えていくのが感じられる。しかし、繰り返しになるけれども、ネットが大衆の前に現れたとき何が起こったか、自分の見聞と感覚の記憶をなんとしてでも文章として記録しておきたいのだ。
多くの断片的な文章で構成するというのが今のところしっくりくるので、書くべきトピックやキーワードを書き並べている。百くらい出れば安心して書き始められるだろう。
一番書きたいのはネットと遭遇して感じたいわゆるネット感覚のようなものについてだ。その時代にはネット感覚は突出し屹立していた。いまもネット感覚のようなものはあるとは思うけれど、すでに大衆の時代感覚への組み込みが終わっており、無意識の領域に沈んでしまった。つまり見えなくなった。もともと大衆はメディアの属性分析などに関心がない。そのことを意識しなくとも日常を生きていける。不要な思考だ。
ネットだけでなく、今は支配的なさまざまなメディアやデバイスに、そのプロトタイプに出会ってきた。そうしたいわばメディアの変容についても自分の記憶を書いておきたい。時代の語り部となるのはなかなか歴史的で運命的なできごとではないか。きらめく断章を書き出すのは遠くないような気がしてきた。
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by hatano_naoki | 2008-09-07 19:50 | ネットとデジモノ
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