創造について
来年のことをゆっくり急がずに考えている。わたしはどうしていこうか。
わたしの人生の上を思いもかけず時はすぎて、肉体の滅びがにじり寄ってくるが、そのわりに内面にはさっぱり変化がないので、その両者の乖離がつらい。引き裂かれ、別れ別れになり、散り散りになり、断念し停止し、放棄するが、意識は鮮明に覚醒しつづける。こういう状況にあっては、創造的であることが唯一の救いであるように思われる。創造的とはおおげさな物言いだが、要するに小さなことであっても自分の思考や感情を表現する=外面化することの連続が日々を支え、生き生きとさせるということで、創造への関与がわたしにとっての酸素の役割を果たすということでもある。
創造にはいくつもの貌(かお)がある。わたしの場合、それは基本的にはひとりきりで文字を書き、文章を綴ることを意味する。書くこと以外にも自分にとって創造的だと感じられることはいくつかあるが、やはり書くことがもっとも本質的だと感じられる。ただし自分の能力の中で書くことがぬきんでて優れているとか、客観的な水準として他人に読まれて恥ずかしくないかどうかは実際のところ悩ましい問題ではある。
書く意欲なるものはおそらく、たぶん、まだそれほど衰えていない。書きたいと考えているテーマ・題材はいくつかあり、それらは書きはじめられる瞬間をここしばらく、ずいぶん長いこと静かに待っている。もう待てないというところまできた。
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by hatano_naoki | 2008-12-14 21:30 | 日日
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