英雄についてのあれこれ
先のアーティクルで英雄ということばを使ったが、では英雄とはなにかということを整理しておきたくなった。
広辞苑には「文武の才にすぐれた人物。実力が優越し、非凡な事業をなしとげる人」とある。Wikipediaでは「ヒーローのこと」で、ヒーローとは「神話や物語などで主人公を務める人物」で「ヒーローの多くは、普通の人を超える力や知識、技術を持ち、それらを用いて一般社会にとって有益とされる行為、いわゆる英雄的行為を行う」そうだ。
個人的なイメージとしての英雄というものを考えてみると、運命的で悲劇的、非凡な才能、特異な経歴、一般人からはとおく隔たった存在、個人の力を超えたなにものかに衝き動かされる、国家や共同体の運命に深くかかわる、といった語句が浮かんでくる。危機にさいして突然現れ、身を挺して危機に立ち向かい、その危機を遠ざける。その結果自分が死んでしまうこともある。時代と深くかかわり、時代を象徴する存在でもあるというイメージ。
平和な時代、平和な国におけるスポーツ選手、歌手、俳優というようなひとびとは凡庸な「英雄」だ。この類の「英雄」はほぼ経済的成功とセットになっている。
英雄は後世に崇敬を集めて神となることもある。人から神への遷移は、しかしなにも英雄だけに限ったことではなく、いわゆる祖霊崇拝はあまねく祖先を神として崇めるわけだから、英雄の神への「進化」はごく自然なことに思える。ただ、英雄は個人の行いが長く民族の記憶(あるいは伝説)となって保存されるところがちがい、個人の像がはっきりしているという気がする。
いずれにせよ、英雄は単にある能力に優れているだけではだめで、民族の琴線に触れるなにものかを資質として備えている必要があると思う。
ところで個人的には歴史にいくらでも登場するような巨人である英雄ではなくて、無名の英雄とでも呼ぶべきひとびとに興味がある。それはたとえば迫ってくる電車をものともせずに身を挺して線路に落ちたひとを救い、自分は死んでいく一庶民のような存在を指す。小さな英雄がそこらじゅうにいると実感するとき、この社会はまだ捨てたものじゃないと思い、生きる喜びのようなものを感じるだろう。
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by hatano_naoki | 2009-01-17 18:13 | 日日
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