書店徘徊
大きめの書店に入って特に何を探すでもなく歩き回る。
そのとき、最近、書店にいると生まれてくるある感情がまたも芽吹くのに気づく。書きたい、書かなければいられないという感情と、自分の指が書き出さず、書き始めてもすぐだめになってしまうという事実のあいだに生まれる石のような葛藤がある。書店は本の森のような場所だが、そのような森を歩きながら感情は落ち着きを失い、動揺しはじめる。そこには書かれた本があり、できあがった書籍という物体が存在感をあらわにしている。書籍という物質がわたしに圧力を加え、アジり、扇動し、ささやきかけ、皮肉り、打倒する。
正確にいえば書いてはいる。この二年間、いったい何回、ひとかたまりの長い文章の最初の一行になるはずのことばの連なりを書き始めたかわからないが、それらはいずれも途中で息絶えてしまった。書いているうちに逡巡し、手が止まり、終わってしまう。叱咤し、怒鳴り、懐柔し、休憩をとり、気を取り直して息を整えるが、結果は同じだ。そして無数の断章の小さな死骸が視野いっぱいに広がる荒れ野のような場所ができあがる。わたしは書くにあたってひとりきりである。だから同じ間違いを数知れず繰り返してそれでも気がつかず、明日もまた同じ袋小路に入って行き詰るのかもしれない。いや、そうに違いない。そんなこんなで時間がすぎていき、すぐに行き倒れてしまう出発が繰り返される。
本が売れず、一方でくだらない本でも宣伝しだいでよく売れ、そういう本が山積みになった本の森を歩き続けて、オレにまともなものが書けるのはいつなのかな、もたもたしていると死んじゃうよと半ば自棄になりながら考え、それでも妙に愉快な気分になってきてもいるのに気づく。まちがいなく本というのはいいもんだ、紙の手触りとインクのにおい、装丁のかもし出す小宇宙。結果はもういいだろう、書こうという意思を確認し、書く姿勢をとり続ければ、あるとき言葉の神様が降りてくるかもしれないじゃないか。降りてこないなら、それはそういうことで、書くという行為に関して神に愛でられていなかったんだね、と思うことにしよう。
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by hatano_naoki | 2009-01-17 21:19 | 日日
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