カテゴリ:カンボジア( 125 )
「カンボジア自転車旅行」(平戸平人著、連合出版)
自転車で旅をしてその記録を本にするというのは旅行記のひとつのジャンルとして確立しているが、カンボジアの自転車旅行記というのはこれまであまりなかったのではないかと思う。
その理由だが、ひとつには、ポルポト後の治安の問題があった。
1990年代のおわりまでは、いなかに行くのは、場所によってはかなり危険をともなうとかんがえられていたし、2000年代に入っても、なにやら危険な雰囲気は残っていた。
しかし地方のこういう怪しい雰囲気は急速に消えていき、それにともなって旅行者の行動範囲はひろがっていった。
「カンボジア自転車旅行」(平戸平人著、連合出版)という本は、そういうカンボジアをめぐる変化を背景にしているのだと、感慨ふかくわたしは読んだ。
かつてわたしが訪れたときには相当の緊張を強いられた場所が、時をへて平和な場所へとかわっていったことが、この本を読んで実感できた。
著者は勤務していた会社を退職してから突然のようにインドシナ半島の自転車での旅をはじめている。それまでに自転車での旅に習熟していたのではないところがおもしろい。
旅の日程や毎日のできごとなどがことこまかに書かれているし、巻末にはカンボジアを自転車で旅するにあたっての心得もあるから、自分も自転車で旅行してみたいとかんがえるひとには参考になるだろうし、カラーとモノクロの写真や地図もたくさん掲載されているからそれだけでも楽しめるだろう。
ところで、わたし自身はカンボジアを自転車で旅行したことはないのであくまでも憶測にもとづいて書くのだが、この本を読んで自分もおなじように自転車で旅行をしてみたいというひとは、そうとうに慎重に具体化したほうがいいと個人的には思う。
パッケージツアーや比較的無難な個人旅行ならば目的と結果はおおよそ想像がつくけれども、自転車で、しかもひとりで、ふつうの旅行者のいかないようないなかまで入り込んでいくとき、なにが起きるかは予想がつかない。著者は結果としてうまくやりおおせたわけだが、不確定のパラメーターがおおすぎる旅のスタイルであるのはまちがいなく、そういうときに自力で対応して解決できるかどうかが鍵になるはずだ。
カンボジアが今後経済的に発展していくのはまちがいなく、それにともなって地方も開発が進んでいくはずだ。この本に書かれているようないなかの情景やひとの生き方も、あっというまに変わっていくにちがいない。そうかんがえると、本書が書かれた時代のカンボジアの記録として価値が出てくる時代は意外にちかいのではないかと思った。
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by hatano_naoki | 2012-04-02 17:09 | カンボジア
スリランガムのこと
d0059961_9264060.jpgカンボジアにあって世界的に有名なアンコールの遺跡群をくりかえし訪れるうちに浮かんできた疑問のひとつは、アンコールが栄えていた当時の町の姿、寺院の姿はどんなだったのかということだった。
たとえばアンコールトムは広大な都城の遺跡だが、その内部は現在はほとんどが森になっている。ではこの都城が建設され、都として機能していた頃は、その内部はどのような景観だったのだろうか。
アンコールに残されている遺跡の多くはヒンドゥー教の寺院だったとかんがえられているが(仏教寺院もあるし寺院以外の機能を持つ遺跡ももちろんある)、その真の機能については決定的な知見はえられていないようだ。寺院だということになっている遺跡であっても、単に寺院だったのかという疑問がわたしは消えていない。

インド南部の都市ティルチラパーリには有名な観光名所がいくつかあって、この地方でよく見かけるなめらかな露岩の小山の上に築かれたロックフォートがよく知られてるが、スリランガムもよく知られていて観光の対象になっている。
スリランガムはとはなにかというと、基本的には寺院だと思う。と思うと書いたのは、寺院であると同時に都市の様相もみせているからだ。
寺院の中心に周壁に囲まれた長方形の区画がある。この周壁が第一の周壁だ。ここはスリランガムの核心であり、もっとも神聖な空間がひろがっているはずだ。わたしはこの区画に入ったことはない。ヒンドゥー教徒しか入ることはできないからだ。
(実は別の寺院のそうした聖なる空間のひとつにわたしは入ったことがある。カンチープラムという町のヒンドゥー寺院でのことだった。町で知り合ってあちこち案内してくれていた青年が、一緒に入っていいよといったのだ。わたしはアジア人で白人ほどには違和感がなく、日本人は仏教徒だということになっており、異教徒に対する拒絶の程度はそのときどきで、そこにいるひとびとの関係や彼らの寛容に依存するから、そのときのわたしは幸運だったことになる。寺院の中に入ってからもわたしのほうはいくらか緊張していたが、周囲のひとびとから指弾されることもなかった。)
核心部を幾重にも長方形の周壁が取り巻いている。周壁は全部で七重になっている。周壁の高さがどれくらいだったかは忘れているが、数メートル程度というところで、おどろくほどの厚さがあるわけでもなかったと思う。
周壁と周壁のあいだの距離は数十メートルあるいはそれ以上だっただろうか。核心部からは四方に通路が伸び、それらが周壁をつぎつぎに貫通して外部にまで伸びている。全体の広さは約1平方マイルだというから敷地の面積としてはアンコール遺跡でもっとも有名なアンコールワットよりいくらか小さいことになる。
ところでスリランガムで興味深いのは、長方形の複数の周壁を持つことのほかに周壁と周壁のあいだを民家が埋めていることだ。隙間なしにといっていいくらいぎっしりと民家が建っている。
最外周の周壁のそとがわからは、そこが寺院に見えるが、入ってみるとたくさんのひとが住んでいる。そこはあきらかに町の様相を呈している。
これはいったいどういうことだろうか。寺院なのか町なのか、あるいはその両方なのか。
周壁は7つあるらしい。7重の周壁を持つ寺院、7重の周壁を持つ町というわけだ。
スリランガムに最初に行ったのはずいぶん昔のことだが、アンコールの遺跡の往時のすがたについてかんがえていたとき、この寺院のような都市のような存在を思い出したのだ。
アンコール遺跡の昔のすがたを、現在のスリランガムが暗示しているのではないかとちらっと思った。
アンコールの寺院遺跡には周壁があるのが一般的だ。構造的にはアンコールの遺跡とスリランガムは似ている。アンコール遺跡の周壁と周壁のあいだの空間はいまはなにもないがスリランガムではそこにひとと家が満ちている。
スリランガムが当初から現在のような寺院であって都市であるようなすがたであったのかどうかはわたしにはわからない。寺院の内部の周壁のあいだにあとからひとびとが勝手に家を建てたのかもしれない。
アンコールワットについては、この建物がなんであるのか、その機能について結論は出ていなかったと思う。
アンコールワットという名前はあとになって呼び習わされるようになったものだが、アンコールは町あるいは都市を、ワットは寺院を意味するわけで、一般には「都市になった寺院」とか「都市である寺院」とか訳されているのをみる。しかしこれではなんのことかよくわからないと思っていた。ところがスリランガムを思い浮かべてみると、寺院が建設されたあとで周壁のあいだにひとびとがすみはじめたにせよ、最初から寺院の機能と都市の機能を併せ持った建造物としてデザインされたにせよ、アンコールのいまは遺跡となった建築物がひとびとで満ちていたという妄想が生まれてくる。
もちろんこれは専門的な知識に欠けた人間の恣意的な想像にすぎないし、最新の研究成果をフォローいているわけでもないので、たいした根拠はない。
(写真:スリランガムの中心部。Google earthより)
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by hatano_naoki | 2011-06-15 07:54 | カンボジア
ウェブサイトのリニューアル
ウェブサイト『アンコール遺跡群フォトギャラリー』は2000年1月に公開し、来年1月からは11年目に入る。そこで、というわけでもないけれども、サイトの見直しをかんがえはじめた。
サイトのリニューアルは何年も前から考えているけれども、その巨大さに加えて増築を繰り返して複雑になっているので相当な手間がかかるはずで、それがおっくうでなかなか手をつける気にならなかったというのが正直なところだ。
しかしようやく腰をあげようという気になってきた。
サイト内のナビゲーションをわかりやすくし、コンテンツも整理する。掲載している写真が古くなって現状にあわない項目はそのことを注記しなければならないだろう。
あるいはテキストをもっと加えるべきかもしれない。
pdfで簡単な遺跡ガイドを提供することも考えられる。
あれこれ考えながら年末年始をこうした作業にあてるというのはいいアイデアだ。
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by hatano_naoki | 2009-11-25 08:32 | カンボジア
SiemReapからのダイレクトメール
シェムリアップからDMがきたらこんな写真が添付されているだけだった。
しかし雰囲気がおもしろかったので掲載。
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by hatano_naoki | 2009-09-26 06:24 | カンボジア
カンボジアジャーナル
d0059961_17421931.jpg50部強しか作らないであろう非商業的手作り雑誌『カンボジアジャーナル』がほぼできあがった。
A4判40頁、11人から寄稿していただいた。カンボジアをテーマにした商業雑誌のテスト版だと考えれば楽しいが、現実にはそれはほぼ不可能に近い。
雑誌づくりがおもしろいので、できれば季刊ですこしつづけてみたいものだが。
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by hatano_naoki | 2009-08-09 17:42 | カンボジア
カンボジアジャーナル
ここ一ヶ月ほど、雑誌の創刊の準備でかかりきりになっている。
というのは冗談で、次のカンボジア勉強会で配布する冊子の編集をしているにすぎないが、しかしけっこうまじめに取り組んでいる。
冊子はA4判40ページの中綴じで、コピー機を使ってつくる手作り雑誌であり、発行部数は50部くらいだろう。この薄さでも文字数でいえば単行本一冊に近い。
カンボジアにいろいろなかたちでかかわっているひとたちに個人的にメールを出して原稿を依頼し、書いてもらったものを雑誌のかたちに仕上げていく。書いてくれるのは10人くらいになる見込みで、これだけのひとたちがほとんど見返りのない原稿依頼に応えてくれたのはそうとうにうれしいことだ。
この極限的にマイナーな雑誌のタイトルは『カンボジアジャーナル』にした。

カンボジアジャーナルというカンボジア専門の雑誌の構想そのものは六、七年前にさかのぼるけれども、雑誌の発行は実際にはむずかしい。商業的に成り立たせることは不可能にちかいだろう。それでイメージだけは抱え込んで時間が経ち、今またそれが亡霊のように浮かび上がってきたわけだ。

今回は小部数・非売品であり、もちろん流通には載せない。第二号はできれば作りたいがどうなるかはわからない。ただはっきりしていることは、なにかアクションを起こせばそれに対するなにかが起きるかもしれないということだ。起きないかもしれない。しかしなにもしないであれこれいうより、やって「うまくいかなかったね」というほうがいい。そういう考えでとりあえずやってみる。
雑誌を作る作業は、いってみれば他人に書いてもらうわけだが、思いのほか楽しいものだった。
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by hatano_naoki | 2009-08-02 06:49 | カンボジア
電話出演
文化放送系のインターネットラジオサイトの旅番組に電話出演(収録)。
今回はカンボジアがテーマということで声がかかったらしい。
電話出演というのははじめてだったので手順がおもしろかった。20分程度の収録だが放送されるのは10分か15分というところだろう。
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by hatano_naoki | 2009-05-06 14:53 | カンボジア
『アンコール遺跡の考古学史にみる復原の思想~起源としてのドラポルト~』
『オリエンタリストの憂鬱』の著者、藤原定朗氏の講演を聴きに行った。
テーマは『アンコール遺跡の考古学史にみる復原の思想~起源としてのドラポルト~』。
フランスで原語の史料を読み込んだひとらしい具体的で実証的な話がおもしろかった。
『オリエンタリストの憂鬱』はよみあぐねてだいぶ時間がたってしまっている。
以下は聞きながらのメモの一部。聞き取りの部分と聞きながら考えたことのメモが混在している。文章表現はわたしの恣意的フィルターを通過しているのでスピーカーの語ったことばそのものとは異なっている。

ドラポルトの復原図はパリ万博での遺跡のレプリカ展示のもととなった。
ドラポルトの復原図は初期には実景と復原が混在していたがしだいに復原を念頭に置いた図と実景を描いた図に分化してゆき、最終的に精度を高め、かつ美術的にも高度化してゆく。
ドラポルトの復原図は不正確だという指摘(あるいは批判)が一般的だが、当時は遺跡がほとんど樹木におおわれ、大きく崩れていたことに注目したい。ドラポルトにとっての実景は樹木に覆われて一部しか見えない遺跡であり、そこから復原図を描いたことは評価されていい。見えるものがわれわれとは違っていた。
ドラポルトは「正確な復原」ではなく、「完璧なクメール美術のイメージ」を提示しようとしたのではないか?
フランスはアンコールを舞台にロマンチックな物語を書き、それを具現化しようとした。物語が現実を引き寄せる。遺跡研究、遺跡復原の情熱や夢は植民地主義と溶け合い、表裏一体となっていたようにみえる。西欧の東洋に対する夢(=オリエンタリズム)はいまや批判の対象となり、復原もまたよろしくないものとされはじめている。
フランスの語りはわれわれにいまだに大きな影響を与えつづけているし、その枠組みの中に大衆のアンコールに対する理解、カンボジアに対する理解がすっぽりとおさまっている。
初期にはアンコールの調査・研究・復原は遺跡の観光化と密接にかかわっていた。
アナスティローセスについて。本質的には概念であり、不可能だが到達をめざす一種の理想であったのが、しだいに具体性を帯びていき、またさまざまに定義されていった。

いずれも腑に落ちる話だし、私が個人的にそのように感じていたことをしっかりした裏づけをもって実証してくれたという気がする。
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by hatano_naoki | 2009-04-29 22:51 | カンボジア
mail from ly prach
リー・プラッチからの同報メール。

Cambodian New Year Celebration 2009
When: Saturday, April 25, 2009 9am - 5pm
Where: El Dorado Park, 7550 E. Spring Street, Long Beach, CA.

praCh's pre-release album : DALAMA...memoirs of the invisible war" volume.1:KHMER
due to high demands it will be available for purchase on location only !
double disc album release date : 07/08/09

Universal Speakers album release : Universal Love will be available for purchase on location and selected stores.

praCh and Universal Speakers will hit the stage live around 1:30pm. !!! Look for the MUJESTIC RECORD booth!

for more info please visit : www.mujestic.com
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by hatano_naoki | 2009-04-24 08:37 | カンボジア
『アンコールワットが眠る間に』(北川香子著)
d0059961_12442490.jpg北川香子著『アンコールワットが眠る間に』(連合出版)を読んでいる。
著者の博士論文を読んだことのある私にとっては、博論の舞台裏というか、論文調の文章からは排除されていた個人的な思い出や感慨や推論が垣間見えて面白く感じられる。
この本には著者が採集した多くの伝承・口承が書かれている。それらのオーラルヒストリーとしての面白さは、背景となるカンボジアの歴史や文化、特にアンコール以降の歴史についてある程度知っていないと内容が理解しにくいと思われるが、アンコール以降のカンボジアについてのわれわれの知見はわずかだ。いってみれば大きな困難をともなう人気のない研究領域なのだ。個人的にはポストアンコールというミッシングリンクがカンボジア史の重要な鍵だと感じている。
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by hatano_naoki | 2009-04-23 06:16 | カンボジア