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「500系」の終焉
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新幹線500系は来年春で引退することが決まっているが、東京発がこの11月から1本になってしまうという。

500系は美しくかっこいい。これほど流麗な外観を持つ交通機関は多くない。車体断面は円形に近く、先端はかつてのジェット戦闘機F104のようにとがっている。細長い楕円形のキャノピーでおおわれた運転席のデザインは戦闘機のコクピットのようで、運転士が颯爽とみえる。
乗り込むとき、ドアを通過する瞬間、車体断面の丸さがことさら意識される。窓側に座ると壁面のカーブが頭上の空間を狭くしていて、まるで飛行機に乗ったようだ。

500系の登場と退場は時代を象徴している。はやく走るために居住性とエネルギー消費を犠牲にし、座席配置もほかと違うものになった。車体構造にも工夫をこらし、おそらく製造コストも高かったにちがいない。それらが今はすべて否定される状況になっている。エネルギー消費が大きく非効率的なものはすべて悪であり、エコこそが善であるという空気だ。まるでエコ原理主義みたいな気がしてくる。
その結果として夢のような流線型は消えてなくなり、車内空間を最大にしようとした結果の箱型車体と空気力学のみの追求の結果としてのかものはし型の先端デザインが生まれる。
しかし500系そのものが新幹線車両の進化の系統樹の中で「突然変異」した車体だったという気もする。これだけが飛びぬけている。実現したことじたいが奇跡だったのかもしれない。
デザインとしても時代は流線型を求めていない。流線型デザインはある時代の申し子であったにすぎず、これからははやらないということなのだろう。車もずんぐりしてきている。デザインのトレンドもそっちだ。
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by hatano_naoki | 2009-09-26 07:11 | 日日
ハネムーンと根切り
アメリカでは新政権ができてからしばらくのあいだ、メディアがきびしい批判を控えるという慣習ともいうべきものがある。それについての説明がここにあった。
これは一種の文化だと思うし、「新顔」につきまとって品のない攻撃からはじめる日本のメディアにはできない芸当だ。
民主党政権は大衆が生み出したものだが、彼らの大部分は自民党にあきあきしていただけで民主党に期待していたわけではなかった。ちょっとお灸をすえようというわけだ。ところがふたを開けてみると自分たちは思いがけず大変なことをはじめてしまったと気づく。今のところ、なにも成果は見えてきていないけれども、なにか新しいことが本当に起こりそうなのだ。もちろん大衆は疑ってかかっており、新しい政権の主張と実行にずれが生じればすぐに支持しなくなるにちがいない。
しかしここはハネムーン期間だということでしばらくは攻撃を控えるのがいいと思う。55年体制以降どれだけ時間が経過したかを考えれば、最初からうまくいくわけでもないだろう。しばらくは官僚の「根切り」(猿回しが猿を仕込む前に行う。猿回しを主人と認めさせるためにある種の虐待をする)を進めてもらい、徹底的に根切りして、これからは自分たちが自由にできるわけではないこと、自分たちが国民にたいするpublic servantでありcivil servantであって主人ではないことを体でおぼえさせることが大事だ。このステップは徹底的にやっておかないと禍根を残す。一部には見せしめ的人事や報復人事があってもいい。官僚を弱らせるには最初が大事だ。こういうことをちゃんとやらないで自民党と同じ道を進みはじめたら民主党は不要になる。それがどこまでできるのか、まずはあたたかく見守っていきたい。がんばってね。
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by hatano_naoki | 2009-09-18 06:07 | 日日
Google Books
d0059961_23573344.jpgある出版社から「『Googleブック検索和解』に関するお知らせ」と題する文書が送られてきた。掲載したのはその冒頭の一部。
内容は要するにGoogleの提示した枠組みに参加した上で個別に掲載拒否の申し立てをした著作だけが対象からはずされるということで、まったくGoogleに有利なしくみになっている。枠組みに参加しない場合は遺された手段は訴訟しかない。しかも期限までに意思表示をしない場合、自動的に枠組みに参加したものとみなされるという強引さだ。事実上、Googleは自由に世界中の著作物を電子化して検索対象にできる。すごい腕力だがそれ以上に恐れというものを知らない。ビジネスモデルという錦の御旗も味方している。著作権が木っ端微塵になる予兆にみえる。
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by hatano_naoki | 2009-08-30 19:42 | 日日
ちょっとした思いつき
奇妙なかんがえかもしれないが、今後世の中はネットワーク化が進展する一方でそれぞれのノード(=個人、家庭、企業といったコミュニケーションの受け渡し点)のスタンドアロン化が際立ってくるのではないかと思っている。
ここでいうスタンドアロン化というのは雑ないいかただがおおよそ次のようなイメージだ。
現在では通信分野に限らず流通や電力などのエネルギー供給、人間の移動もふくめて広域化し高度にネットワーク化している。こういったネットワーク化を否定したらどうだろうか?
各ノードが電力を太陽電池パネルで可能なかぎり自給自足すれば電力供給ネットワークは増強しつづけなくとも済む。各ノードがそこそこの食料を(たとえば水耕による野菜の栽培とかで)生産し蓄積すれば、各ノードを支える流通ネットワークは小規模化できる。ネット上の遠隔学習システムは通学しておなじ空間で学ぶという現在の学校教育システムを通信教育システムのようなものに変えてゆく。ネットを利用した在宅型勤務が可能な職種はそうとうな数にのぼるはずだ。
こうして各ノードの自律性、自立性が高まればそれぞれのノードはある程度完結した小世界を形成することになり、その結果さまざまな危機(たとえば自然災害による電気・ガス・水道の供給停止、食料供給の停止)に対する耐性が高まる。
ひと、もの、情報が移動することが経済的価値創出の根幹だから、各ノードがスタンドアロン化し自足していき、自給自足型の生活スタイルが極大化すればこれまでの基準でいうならいわゆる経済規模は縮小していき、一種の地下経済が出現するだろう。
流通を否定するということは入手できる物品が身近にあるものに限られることを意味する。付加価値の低いもので我慢するということでもある。しかし人間の歴史の中で流通が高度化したのはごく最近のことであって、もともとは基本的に地産地消型だったはずだ。小さな村から一生でることもなく、自分で作ったものを食って生涯を生きた封建時代の農民の生活が再現されることはないだろうが、ネットワーク化が自動ロボットのように自己増殖をつづけている現在、いま説明したような「スタンドアロン化」の兆しと可能性を改めておもしろく感じている。
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by hatano_naoki | 2009-06-20 07:15 | 日日
エトルリアの偶像
d0059961_10571172.jpg昔、フィレンツェから市バスに乗ってフィエゾレの丘に登ったことがある。かつてエトルリア人が住んだところだ。そのためにエトルリアという固有名詞は今でもなんとなくなつかしく気になることばになっている。エトルリアについてはその起源も歴史も諸説があって、よくわかっていないということらしい。
写真は最近見つけたエトルリア文明の出土品。現代美術を思わせる造型だ。なんという、すばらしい。
進歩とか進化とかいうものはなく、あるのは変容だけだという感覚が私の内部で最近とみに強くなっている。
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by hatano_naoki | 2009-06-08 08:02 | 日日
無数の内臓
ネットを読んでいると無数の内臓に出会う。内臓という単語がそれほど頻繁に語られているとも思えないが、ようするに内蔵と書くべきところを間違って内臓と書いているだけのはなしだ。
そういうひとにとっては内臓も内蔵も似たようなものでたいした間違いだとも思っていないらしく、たまに注意するひとがいても反応するひとはほとんどいない。
私個人としては内蔵を内臓と書いて平然としているというような、文字表現に関する一級の鈍感さを「内臓」したひととは友だちになりたくないという思いだ。漢字に関するリテラシーの目をおおうばかりの低下がネットのそこらじゅうで展開されている。
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by hatano_naoki | 2009-06-03 20:13 | 日日
書籍版『沖縄勉強ノート』(仮題)を書く(4)
不安と衝動。
うまく書けないという不安と書くことが生まれ出るときの衝動が不安定な均衡を保っている。これはまあいい状態だ。この不安定さがここ何年も衰退していた。居所のない感覚、奈落の不安。創造の神様は近くにいるのだろうか。
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by hatano_naoki | 2009-05-31 21:09 | 日日
終息?
もはや誰も新型インフルエンザの怖さを語らなくなった。東京でマスクを見ることはまれだ。神戸は大丈夫ですよ宣言みたいなものを出した。報道は関心を失ったようだ。あれは結局たいしたものじゃなかったんだという空気。このままフェードアウトしていき、半月前の水色の防護服はなんだったのか、体制はどうだったのか、回顧と反省と総括はさぼったままで次の発生期(たぶんこの冬だといわれている)まで忘れているのだろう。
強毒性の新型にどう対処するのかという一種の社会実験であり避難訓練だったと理解すれば一定の効果はあった。本番は大変なことになりそうだ。
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by hatano_naoki | 2009-05-31 07:12 | 日日
感染拡大
国内での感染が急拡大しはじめた。
発見された範囲では神戸の高校ではじまり、大阪でも感染が確認されている。数は数時間ごとに増えているので正確なところはわからないがさっきの時点で79人。おそらく東京都内にも相当数の感染者がすでに存在していて、あすあさってと次々に発症していくのだろう。
またもマスクの時代がやってきた。
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by hatano_naoki | 2009-05-17 23:19 | 日日
吉祥寺徘徊
久しぶりの吉祥寺。
この街の近所に住んでいたことがあり、その頃は井の頭線に乗れば5分もかからなかったから頻繁にきていた。それはほんの数年だったが、今から考えるとなかなか楽しい日々だったような気もする。だからこの街には悪い記憶はなく、ときどき行きたいと思うことがあるけれど、今でも行くのにほんの30分しかかからないのにわざわざ行く動機が見つからなかったので、おそらく何年かぶりに、もしかすると10年ぶりくらいに、ほんの気まぐれで吉祥寺駅に降り立った。
休日の雑踏はそうとうなものがあったが、それにもかかわらずゆるい雰囲気は昔とかわっていない気がした。新宿や池袋などとはぜんぜん違うのんびりとした空気はなぜだろう。街を歩くとちょっとした階段とかにも座り込んでいるひとたちがいる。空間の緊張と弛緩というのはどういう要因からできあがっているのだろうか?夏を思わせる強い日差しの下、セブンイレブンで買ったビールを路上のベンチで飲みながら、ちょっとゆったりしていい気分だ。生きる喜びみたいなもの…。この街に住みたいと唐突に思った。
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by hatano_naoki | 2009-05-10 23:42 | 日日