カテゴリ:カメラと写真( 32 )
そこにいること
写真に関して考えたり議論するつもりはないが、ちょっと気になっていることをメモ。それは写真の本質的な特性として、「そこにいないと撮れない」んだなあ、ということ。
戦場カメラマンに象徴されるように、そこで起きていること、状況、状態を撮るために自分がそこに飛び込むひとがいる。そういうひとたちは多くの場合プロであるわけだが、いずれにしても写真というのはそこにいないと撮ることはできない。なにをいいたいかというと、なにかが起きている場所に行きたいという衝動を感じており、それが日々強くなっていっているということだ。なにかの現場には強烈な実在感があり、それは誘引力というか、目撃者引きつけて離さない力だ。そういう体験はささやかなレベルであれ私自身の記憶の中にある。
自分と写真との関係に限っても、撮っているのはいわゆるお散歩写真であり、それはそれで目撃者の記録に違いはないが、もっと刺激的な目撃をしたいのだ。その意味では日々のお散歩写真は強烈な実在を目撃する夢を見ている。
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by hatano_naoki | 2009-02-01 08:18 | カメラと写真
GR Digital (28)最終ファームウェア
GRDのファームウェアを最終最新のv2.40にした。
現在のところ、フラッシュ調光機能の追加がうれしい。これまでフラッシュをほとんど使ってこなかったが、マイナス補正が可能になったので今後は使う場面がありそうだ。
ファームウェアの進化をサポートするという考え方は買ったあとの商品価値を維持しユーザーの心理における商品寿命をのばすという意味で面白いし支持できる。製造終了後にも一、二回の機能向上がサポートされればさらにすばらしいのだが。
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by hatano_naoki | 2007-11-23 13:19 | カメラと写真
GR Digital (27)8ヶ月目のGRD
d0059961_22322217.jpg



















この7ヶ月間、GRDをほぼ毎日、肌身離さず持ち歩いている。
こういう体験はわたしにとってははじめてのことだ。
カメラを毎日持ち歩くということはカメラの目を持つということで、そのカメラの焦点距離の視角を持つ三番目の目を持つということだ。
これはちょっと生活が変わる。
こういうスタイルを可能にしているのは第一にGRDの絶妙な小ささだ。高品位のきょう体は触ることが楽しい。カメラに限らないが、毎日持つ道具にこういう触感は大事だ。
それにこの道具はいい写真が撮れるかもしれないという期待感をかもし出す。撮影者をおだててくれるのだ。
実際、私はこのカメラのおだてに乗って写真を撮ってきた気がするし、励まされてもきた。いってみれば自己の拡張が可能になった。これは道具の持つ本質的な機能だが、優れた道具はそれが際立っている。
この小さなカメラだけを持ってちょっと長い旅に出たい。
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by hatano_naoki | 2007-11-09 20:47 | カメラと写真
GR Digital (26)GR DIGITAL II
GR DIGITAL IIが発表された。
写りがいいのかどうかはまだわからないがたぶん初代GRDの写りを継承しているのだと思う。
機能の面では電子水準器がついたのが面白いし魅力を感じる。正方形フォーマットもいい感じだ。いずれ購入予定。
ウェブ上での反応を見ていると、このGRD二代目に対して変化が少ないことに不満を述べているひとが少なくないようだ。驚きの新機能とかデザインの革新がないと満足できず、わずかな変化を許せない。こういう思考(というか感性)はいろいろな意味で日本の消費者の典型だ。
じっくり育てばよく、気に入らなければ買わなければいいだけの話だと思うのだが。
オプションでは28mm用ミニビューファインダーと40mm相当のコンバーター(これにはコシナの40mmビューファインダーが要る)に関心がある。GRDで撮っている中で、28mmの魅力はもちろんだが、改めていわゆる標準域の焦点距離に興味を持ち始めたのだ。GRDIIの前にこれらのオプション類を手に入れることになりそうだ。
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by hatano_naoki | 2007-11-03 19:04 | カメラと写真
GR Digital (25)テーマを探して
たいした写真も撮れないけれども、写真という記録手段が好きだ。GRデジタルを使い始めてから、毎日カメラを持ち歩く生活が始まった。カテゴリーとしてはいわゆるお散歩写真みたいなものを撮っているのだと思う。こういう目的には28mm単焦点の画角は十分に満足だ。こうして半年近くが過ぎた。
目に付いた興味を持てる被写体を記録する。プロを目指すのでもなし、それでいのかもしれない。しかし撮っているうちに、テーマがほしいという気分が頭をもたげてくる。それほど大げさな話ではない。細い一本の糸で結ばれたひとかたまりのスナップ写真をイメージする、それだけのことだ。
ではそのテーマとは何かと考え始める。以前、パリでドアノブばかり撮ってあるいたことがあった。そういう何かひとつのものを撮り続けるのは私の性分としては向いていると思う。そう、人生にはテーマが必要だ。
ちいさなカメラで小さなテーマを撮り続ける。ちょっと楽しいイメージだし、それは生活のアクセントで、アートのひとかけらに触れていることでもある。ただし、当然だが、無理やりテーマを決めるものではなく、それは私の内部からしみだしてくるものだから、いくらか注意深く自分の感受性に耳を傾けることにしよう。
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by hatano_naoki | 2007-09-29 18:53 | カメラと写真
GR Digital (24)4ヶ月経ったGRD
GRDを使い始めて4ヶ月経った。
ほぼ毎日持ち歩いている。当初は欲しかったオプションは一切使っていないし、それが正解だと思う。最小の容積で使いたい。でっぱりがなく、手の中に入るようなおさまりのいい本体のデザインを尊重したい。
目に付いたものを撮るだけでとくにテーマを設定しているわけではないが、さまざまなものの質感を撮るという練習をしているということはある。この場合は近接撮影の得意な仕様(ワイドマクロ)が役に立つ。
現時点では広角単焦点レンズの性能がいいこと、きょう体が小さく質感がいいことの2つに魅力を感じる。使い勝手の悪さは特に感じない。唯一の不安は精密機械としての脆弱性だ。これ一台で海外旅行に行く気にはなれない。
28ミリ相当の画角には慣れた。好ましい世界だ。次は50ミリあたりでも撮ってみたくなってきた。この希望は同じRICOHのGX100を買えば実現できるだろう。
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by hatano_naoki | 2007-08-13 15:40 | カメラと写真
『アンリ・カルティエ=ブレッソン 知られざる全貌』
d0059961_0233730.jpg東京国立近代美術館でやっている『アンリ・カルティエ=ブレッソン 知られざる全貌』を見てきた。
展示されている写真の多くは『『アンリ・カルティエ=ブレッソン写真集成』ですでに目にしていたものであり、その意味では新鮮な印象は受けなかったが、平日だったので観客は少なく、ゆっくりと見て回ることができた。
多数のモノクロ作品の間を歩き回りながら唐突に思ったのは、「永遠が写しとられているのだな」ということだった。写されなければ誰の記憶にもとどめられない、世界のある場所のある一瞬が、カメラという道具によって記録され複製されて世界を区切る枠=フレームを与えられ、テーマを付与されて人々の前に現れる。そこにそういうテーマが存在したのではなく、テーマを視覚し、思考し、付与したのだ。イメージし思考することによって世界が現れる。だから私にもそのような世界を発見できないとも限らないと思っておこう。
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by hatano_naoki | 2007-07-04 00:26 | カメラと写真
GR Digital (23)ビューファインダーその後
d0059961_822011.jpg家の隅からフォクトレンダーの15mm用ビューファインダーを発見した。外寸、形状とも純正のGV-1に似ている。これをGRDで使用できるだろうか。
いくつか問題がある。まず視野。15mmの広大な視野で28mmでの撮影が可能かどうか。これについては視野をマスクしてある程度は解決できるかもしれないし、もともとビューファインダーは正確にフレーミングするものではないのだから、ファインダー内のだいたいどの範囲が撮れるのかを覚えておき、マスクなしで撮るのもいいかもしれない。もっといえばフレーミングを基本的にあきらめるという方法もある。ちょっとやってみたが意外に面白い写真が撮れるかもしれない。
もうひとつは内蔵のフラッシュと干渉すること。純正品はフラッシュから逃げるようにオフセットされている。これについてはフラッシュを使わない、使うときはファインダーを外すという単純な対応でいけそうだ。いずれにしても少し使ってみようかと思う。
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by hatano_naoki | 2007-07-01 08:18 | カメラと写真
アンリ・カルティエ=ブレッソン
d0059961_7105974.jpgバイ・マンスリー誌『Pen』7月1日号でアンリ・カルティエ=ブレッソンの特集をやっている。
ちょっと前に『アンリ・カルティエ=ブレッソン写真集成』(岩波書店)によって、これまで断片的にしか知らなかったこの作家の作品をまとめて見ることができたのだが、その中の何枚かが『Pen』にも掲載されていた。東京国立近代美術館でもあさってから回顧展が始まるし、銀座のライカではオリジナル・プリントを展示している。実物に触れる機会がいろいろあって楽しみだ。
カルティエ=ブレッソンはいまや伝説的な作家であるので、どの作品にも歴史と名声のオーラが見える。もはや自分の目で鑑賞すること自体がむずかしくて、結局は賞賛する以外ない。
世界的に有名なあらゆる芸術にはこうした防壁のようなものがあって、自分の眼力も審美眼も全部吹き飛んでしまう。世間がそういう評価だからいいと思わなければならない。自分の目など信用できない。あてにならない。
そういうわけでカルティエ=ブレッソンが本当にすばらしいと断ずることは私にはできないが、写真を見ていくうちに私の内部にある感覚の芽のようなものが刺激され、その結果生まれた私固有の感慨として、そこに一貫した世界観があることが感じられてくるし、これはかけがえのないアートだと思いたくなってくる。
たとえば『Pen』の表紙を飾っている写真は、タイトルは忘れてしまったけれども、おそらく1930年代のイタリアかスペインかどこかで撮られたものだが、写しとられた人物の配置はまるでそこに人物を配置したかのようである。といって作者がこの場所で長時間にわたってこの瞬間を待っていたとも思えない。実際はどうかわからないが、簡単に撮ったように見える。撮るまでの"苦労"が見えない。カルティエ=ブレッソンをめぐることばとして「決定的瞬間」というのが有名だが、この写真はいわゆる「決定的瞬間」を写しとったと評価されるだろう。
単純な感想として、では私はどのようにして「決定的瞬間」に出会い、それを確実に写しとればいいのかという問いが生まれる。もちろんその前に「決定的瞬間」には価値があるのか、それを撮るべきなのかという問いがあるのだが。
私個人は「決定的瞬間」を意識しないできたのだが、カルティエ=ブレッソンの写真を見ているうちに「決定的瞬間」を写すことの愉悦のようなものがあると思えてくるし、自分なりに「決定的瞬間」を意識した写真を撮ってみたいとも思うようになった。そしてまた「決定的瞬間」の大きな要因が写しとられたひとたちの表情、姿勢、動作、配置、相互の関係にあること、つまり人間を写しとることにあると、カルティエ=ブレッソンの写真は教えているように思われてきた。
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by hatano_naoki | 2007-06-17 07:13 | カメラと写真
GR Digital (22)修理と交換
ちょっと前からいくつかの不具合が起きるようになった。
モードダイヤルを撮影モードにして電源を入れると再生モードになる。動画撮影モードになるときもある。いずれも再現性は低かったが、銀座のサービスセンターに持っていくと不具合を確認したということで調整してくれ、レンズユニットにも不具合があったということでレンズユニットを交換してくれた。
うわさどおりの脆弱性が私の個体にも現れたわけだ。
しかしそれほど不満を感じていないのがわれながら面白い。
ひとつには、事前に情報収集をしていたからかもしれない。GRDを買う気になってインターネットをさまよっていると「こわれた」という記事に多くのブログで出会った。この段階で、こわれることを織り込んで買うことにしたわけだし、こわれやすいという欠点よりも大きなメリットを見出したから買うことに決めたということもできる。いずれにせよ、こわれることは覚悟の上だった。
もうひとつはサービスセンターの対応にある。銀座のサービスセンターの対応は素朴だが気持ちがいい。こういうサービスには最近あまり出会っていない。
そして最大の理由はこの機械の個性にある。
似た機械がないこと、個性が際立っていること、私にもいい写真を撮らせてくれそうなこと、なにか私を自由にしてくれそうなこと。昔Apple IIeを買ったときのようなときめきをGRDに感じる。
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by hatano_naoki | 2007-06-11 18:56 | カメラと写真