カテゴリ:ネットとデジモノ( 191 )
アクセス分析
2000年1月のサイト開設以来、7年目に入った私のサイト、アンコール遺跡群フォトギャラリーの最新のアクセス傾向を分析してみる。
月間アクセスが1,000を越えたのは開設から5ヶ月目の2000年5月。5,000を越えたのが丸2年経った2002年1月。10,000を越えたのが翌2003年1月。2004年8月に20,000、2005年1月に30,000を越えた。昨年7月には一時的ではあるが月間40,000を越えている。その後は35,000前後で推移してきた。
累計アクセス数でいうと、累計50,000を越えたのが22ヶ月目の2001年10月。100,000を越えたのが32ヶ月目の2002年8月。翌2003年9月に累計200,000、2004年3月には300,000、2005年1月に累計500,000、同年8月には700,000を越えた。
また最近の月間ページビューは200,000PV前後、月間ダウンロード量は15GB程度になっている。
この間大きな変化というものはなく、毎月すこしづつアクセス量が伸びてきた。ということは今後も伸びていくかもしれないということで、このようなコンテンツのサイトにいったいどれくらいのニーズがあるのか、なかなか興味のあるところだ。
考えてみるとちょっと前には毎日1000人が来ることなど想像もできなかったし、そもそも月間で2000人を越えるまでに実に10ヶ月もかかっていたのだ。
こうしてみると、少しづつではあるがアクセスが伸びる余地はあるようだ。
2000ページ以上のコンテンツを用意したにもかかわらず、おそらく大半は見られていない。訪問者の大半はたぶんビギナーで、訪問前の情報収集にやってくる。その結果、いわゆる入門的なコンテンツや著名な遺跡にアクセスが集中する。こうしたニーズに応えるようなコンテンツ提供をする必要があるだろう。
私がカンボジアとのかかわりの中でやりたいことのひとつは日本とカンボジアのインターフェース的機能を果たすことで、それは遺跡に関する情報の枠組みをはるかに越える。これを実現するには別サイトを立ち上げることになるのかもしれない。
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by hatano_naoki | 2006-01-17 08:14 | ネットとデジモノ
ケータイカメラ写真術
ケータイカメラ、意外に面白い。
ここしばらく、blogに載せている写真はほとんどがWILLCOMのPHS、WX310Kの内蔵カメラで撮ったものだ。カメラとしての性能からいうとお世辞にも写りがいいとはいえないが、モノクロで撮ってみるとこれはこれで趣があっていいように思える。ちょっとはまっているかなと思うこともある今日この頃。

1)ほとんどのケータイはクラムシェル型のきょう体なので、手ブレが大きい。なるべく両手でしっかりと持って写すのがいい。普通のカメラもケータイも基本は同じということ。手ブレ補正がほしい。
2)一般にラチチュードが狭いので、狭いラチチュードを前提にした撮り方を工夫する。白飛びはあたりまえだから白飛び効果を考える、とか。私の機種(WX310K)では露出補正がなかなか有効だ。ただしこの場合はバランスを破綻させる方向に補正するのだが。
3)クラムシェル型は横位置が撮りにくいので縦位置に統一する。
4)一般に描写が甘いから細部の描写はあきらめる。しかし「甘さ」は雰囲気描写にはプラスに働く場合があるので甘さを前提にした被写体、撮り方を考える。
5)レンズが暗いから動きの速い被写体は苦手(ブレる)だが、それを効果として取り入れることができる。
6)個人的にはモノクロ写真に魅力を見出した。これはケータイカメラだからというのではなく、その機種固有の問題なので一般論としていうことはできないが、私の機種の欠陥である色のひどさを回避するいい方法だと思った。
7)いわゆるトイカメラ的な味わいがある。たとえばLOMOとかポラロイドに通じるものがあるといったら言いすぎだろうか。
8)その時の気分を切り取るのにも向いている。心象風景を切り取る、というか。
9)カメラの解像力からして記録用にはあまり向いていないような気がする。
10)接写には向いていない。遠景も向いていない。
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by hatano_naoki | 2005-12-23 01:48 | ネットとデジモノ
はじめてのインターネット
1990年か、あるいは1991年頃のことである。
パソコン通信で知り合ったYという知人の家に遊びに行くと畳の部屋に低い机が置いてあって、その上にSUNのワークステーションが鎮座していた。その前に座った彼は目にも止まらぬ速さでキーを叩く。いくつものコマンドラインを打ち込んだ末に、SUNのCRTいっぱいに巨大な月の表面の画像が表示された。
それが1990年だったとすればWWWやhtmlがこの世に現れる前夜であり、1991年だったとすれば正にWWWとhtmlが生まれた年だったということになる。ちょっと調べた範囲では、インターネットに接続されていた全世界のホスト数は1990年には30万台、1991年には60万台ほどだったらしい。
ものの本によると米国防総省の肝いりでARPANETができたのは1969年のことで、1973年には国際的な接続が始まる。その後ネットワークは次第に成長してゆくが、これと並行して1973年にはイーサネットが、1974年にはTCPが考案され、1975年にはメーリングリストのしくみが実用化される。1983年、国際的なパソコン通信ネットワーク、FidoNet開始。
1985年には日本で通信が自由化される。その前年には日本で村井純らによってJUNETがはじまり、1987年にはWIDEプロジェクトがスタートする。日本のインターネットが海外と接続されたのは翌1988年のことである。
一方、日本では通信自由化を受けて1987年に商用パソコン通信サービスが始まった。私もこの時期に商用パソコン通信を通じてネットワーク・コミュニケーションを体験することになった。
1990年頃には規模は小さいながらもパソコン通信上のコミュニティは成熟しかけており、私もネット上で長い時間を過ごすようになっていた。

SUNのモノクロCRT上で私が見たのはたしかにインターネットを通して取得したどこかの国の画像データだったに違いない。その知人から「インターネットをやらないか」と言われた記憶もある。
しかし私には当時のインターネットはあまりにも難しかったし、その本質的な可能性を理解していなかった。なによりも、私はパソコン通信上のコミュニティにどっぷりとはまって充足しきっていたのである。
1993年にMosaicが、翌1994年にNetscapeが登場する。
私自身がウェブブラウザによるWWW徘徊を体験したのはおそらく1995年の早春あたりのことだった。知人のSがA5サイズのノートパソコンに電話回線をつないでイスラエルかどこかのウェブサイトを見せてくれたのだ。なんと色鮮やかで見栄えのする画面だろうと思った。世界のどこかのサーバーをのぞいている感覚も不思議だった。SはさかんにTCP/IPプロトコルの意義を説明していたが、私にはちんぷんかんぷんだった。
インターネットは本格的に普及し始めていたが、私はネガティブな姿勢をとり続けていた。私がインターネットに"降伏"するまでにはそれから数年が必要だった。私が自分のホームページの試作を始めたのはWWWに出会った1995年の秋頃(接続ホスト数800万台)だったが、実際に公開するに足るコンテンツを準備して公開したのは2000年の1月になってからだった。この年、接続ホスト数は9000万台を越えた。
こうして考えてみると、私がインターネットに出会ってから実際にウェブサイトによる情報発信によって関わっていくまでに十年の年月が流れたことになる。
なんと遅い足取りだったのかと我ながらあきれてしまうが、それだけパソコン通信における"成功体験"が私をインターネットから遠ざけたのかもしれない。
今でもよく覚えているが、あるとき気がつくとパソコン通信が時代遅れになっていた。私はいやいやながらインターネットの世界に入っていったが、違和感を感じ続けた。
インターネットは「疎」の世界で、拠るべき島のようなポイントは存在するもののひとりひとりは孤独である。荒涼とした心象風景が展開した。
それからずいぶん時間が経ってもはやパソコン通信に郷愁を感じることはないが、今でもインターネットは異郷である。おそらくこれからもずっと私の家にはならないだろう。荒野で死ぬのだ。
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by hatano_naoki | 2005-12-19 21:26 | ネットとデジモノ
ネットの過去と現在を描くエッセイ
今から16、7年前、パソコン通信の黎明期にネットとコミュニケーションをテーマにした短い文章をパソコン通信上のコミュニティで連載したことがある。
これらの文章と現代のインターネット、そしてネット上のコミュニケーションを重ね合わせ、あるいは比較するような本ができないだろうかと考える。
具体的には昔書いた文章はそのまま載せ、それと対になるかたちで新しく文章を書く。昔の文章は稚拙だがあえてそのままにする。これから書く文章はで今昔を考察する姿勢を貫く。どうだろうね?

これに限らないが、昔書いた文章をまとめて出版できないものかとときどき考える。その頃パソコン通信は未知の大陸であり、私は好奇心にあふれた航海者だった。ネット上ではいろいろなことが起きたが、ほとんど記録には残っていないようだし、その頃のことを書いた本も見ない気がする。

(追記)
「Nifty-Serve デキゴトロニクス」(日本デキゴトロニクス研究会著、翔泳社、1995年刊)という名著があるよという指摘を受けた。この本は読んでいなかった。
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by hatano_naoki | 2005-12-12 11:06 | ネットとデジモノ
WX310Kその後
WX310Kを使い始めて2週間が過ぎた。
いまのところ満足している。以下の感想は主にそれまで使っていたAH-K3001Vとの比較である。
ウェブ表示にフル画面が使えるのはかなりすばらしい。速さも実感する。ブログを読んだり書いたり、検索したりといった用途には十分だ。これで3インチ程度のVGA画面(もうすぐ携帯に実装されるはずだ)になればその表示能力はなにひとつ不満のない水準に達するだろう。
カメラは質が悪く、特に色再現性が最悪だが、モノクロモードでは(少なくともウェブページへの掲載においては)十分実用になる。トイカメラ的な味わいがあり、実際WX310Kのカメラを使ってモノクロ写真を撮る機会が増えた。特に町の写真を撮るのが楽しい。これだけ持って旅行に行くようなことさえ想像できる。大容量のメモリーカード(512MB)を入れているので記録可能な枚数はVGAで5000枚~6000枚といった大変な数字になり、撮影枚数の制約は事実上ない。
一方、期待していたファイルビューワーとしての機能は、CPUの能力不足もあるのだろうか、いまひとつ実用にならない感じだ。また画面の狭さを痛感する場面が少なくない。
かな漢字変換が格段に賢くなったので、メールを書くのはずいぶん楽になった。メールをすべてWX310Kに転送しているのでパソコンでメールを読む機会は大幅に減った。POPメールが読めるのはこの端末の最大のメリットだ。
電池の消耗がはやいような気がしないでもないが、USB経由で充電可能なリチウムイオンの外部電源を用意したので不安はない。
あとは音楽プレーヤーのリリースを待ち構えているところだ。
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by hatano_naoki | 2005-12-11 18:17 | ネットとデジモノ
WX310K
d0059961_11115813.jpgWILLCOMの新端末、WX310Kを使いはじめた。
発売当日の朝、機種変更で手に入れたWX310Kは前のモデルであるAH-K3001Vを1年半使い続けた私としてはそこそこ満足できる新機種だった。
そこそこといったのは、失望した点もいくつかあったからだ。
きょう体が安っぽくてできが悪い。かなり大きくなったし、開閉ひんじが甘い感じだ。日常持ち歩く機械として、こうしたハード面の欠点はかなり気になる。
一方、機能面はほぼ満足だ。画面はわずか0.2インチ大きくなったが、ずいぶん見やすい感じ。メモリーカードが使えるのも楽だ。Operaブラウザは128Kへの高速化の恩恵でまあまあスムーズに動作するし、内蔵カメラも実用的になった。ムービーの絵もきれいだ。ただしWord/Excel/PowerPoint/pdfなどのビューワーはときとしてちょっと実用にならないくらい遅い。
新機種を使い始めての変化は、Operaを以前よりも頻繁に実用的な気分で使いはじめたこと、内蔵カメラをおもちゃとしてではなく、デジタルカメラとして意識していて、実際に撮影もしていること、大容量の外部メモリを活かして(512MBを入れた)USBメモリとしても活用しようとしていること。
画面の大きさと外部メモリの恩恵でフォトアルバムとしても使えそうだし、今後は音楽プレーヤーとしても使っていくつもりだ。
ようするに、外出時の音声系・データ系のコミュニケーションと、持ち歩きデータの格納をこれひとつに集約できそうだ。唯一の不満はある程度長い文章を入力する機械としては不十分だということで、外で小さい機械で書きたいという願望はいまだに実現されていない。
この機械からblogを更新したり、この機械だけで写真を撮るといった試みが、もっとも身近で現実的な「夢」ということになりそうだ。
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by hatano_naoki | 2005-11-28 08:08 | ネットとデジモノ
再会
mixiというネットワーク・コミュニティがある。
いわゆるSNS(ソーシャル・ネットワーク)と呼ばれる自称閉鎖型サービスで、なにが閉鎖型かと思うのだが、いちおうそういうしくみになっている。
かつてのパソコン通信時代、ニフティのフォーラムという閉鎖型のコミュニケーションのしくみの中で長いながい時間を費やした。電子会議、チャット、掲示板などを組み合わせたもので、基本的に文字だけでコミュニケーションした。インターネットはかげもかたちもなく、電子メールが新鮮だった時代のはなしである。
それからインターネットの時代になり、パソコン通信はすたれてひとびとはインターネットの荒野にちりじりになった。
mixiもまたある種の荒野であって、かつて感じたネット上でひとと知り合う興奮や高揚はもうないが、このやっと百万人規模の電子空間で、ひとのつながりをたどって昔の知り合いの存在を知る機会が増えた。これはちょっと奇妙な体験だ。みな年齢を重ね、その境遇にもさまざまな変化が起きている。気の遠くなるような遠近感を感じることもある。
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by hatano_naoki | 2005-11-23 23:39 | ネットとデジモノ
RICOH GR Digital
最近発売されたリコーのコンパクトデジタル、GRデジタルにはちょっとそそられる。
小型で写りがよく質感も好ましい。
こういうカメラ一台だけを持って近い外国に行き、町をぶらぶら歩きしながらモノクロ写真を撮ったら楽しいだろう。
自分がどれくらい写真という表現手法に興味があり、どれくらいのセンスを持っているかはわからないが、写真を撮るということが自分にとって以前より大事になってきているのは確かだ。

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by hatano_naoki | 2005-11-04 09:03 | ネットとデジモノ
ラジオ・エチオピア
恋愛小説をずっと読んでいなかった。
もともと嫌いなのだ。架空の恋愛物語に感情移入しても時間の無駄ではないか。
それがどういう風の吹き回しか、一冊の恋愛小説を読むことになった。きっかけは相変わらずの偶然で、本屋でたまたま目に付いたのはその奇妙なタイトルのせいに違いない。
「ラジオ・エチオピア」。
それがニューヨーク・パンクの女王と称されるパティ・スミスのセカンド・アルバムのタイトルあることを知らなかった私は単に奇妙な単語の組み合わせと音としての響きに興味を持ってその本を書棚から抜き出したのだが、数ページ読んだあと、その本が傑作であるかどうかは別にして最後まで読もうと決めていた。
著者は蓮見圭一という人物だが、覆面作家であって正体は不明であるらしい。

メディアはその登場の時点ですでに自らその行く末を暗示しているし、最初のユーザーの一群が利用技術のあらゆる可能性を検証しつくす。
ネットワーク・メディアの恩恵に負う恋愛はすでにパソコン通信の登場した時点で始まっていたし、そこでの恋愛はメディアの特性に色濃く影響を受けていた。メディア上での恋はメディアの実現するコミュニケーション速度によって加速され昂進する。メディアの作り出す相手の残像は直接脳髄に焼きこまれるかのようだ。
男と女が出会ってインモラルな恋が始まるとき、メディアは彼らの味方である。恋が高揚し持続するとき、メディアは彼らの後見人である。恋が破綻するとき、メディアは彼らの検察官であり死刑執行人である。

「ラジオ・エチオピア」を読みながら私は自分がネットワーク上でコミュニケーションを始めた頃を思い出す。それまで見たこともないメディアであるメールには輝きがあり、誘惑的で、ときとして背徳的でもあった。緑色に輝くCRTモニターの前で過ごしたいくつもの長い夜、メールはことばを輝かせ、ことばが道具で武器で、ことばの貧しい人間は生存できない過酷な世界が広がっていた。
無数の恋愛事件が起きていた。それらはときとしてメディアの力を借りて交錯し状況をさらに複雑にする。
その頃、私は「メディア・ラブ」というタイトルの短い物語を書いた。ネットワーク上で出会った男と女の話である。当時の私はあまりにもこの新しいメディアに中毒していたために、間違ってメディアを主人公にしてしまったのだった。

小説「ラジオ・エチオピア」の主役はメディアではないが、メディアの特性はいやおうなく彼らの恋愛のスタイルとプロセスに影を落とす。
家庭ごとに一台の黒い電話があった時代にはこの恋愛は存在しなかったが、むしろそれ以前、手紙だけが存在した時代には存在しえたかもしれない。コミュニケーションの速度に雲泥の差があるにせよ、書き言葉が恋愛の神となるという意味ではそれほどの違いはない。
電子メールの時代は歌垣が生きた時代の再現といえるのかもしれない。
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by hatano_naoki | 2005-08-08 23:23 | ネットとデジモノ
18年
朝起きてメールを読みにいくと、ニフティからメールが来ていて、その文面は

 「6月6日は、波田野直樹様が@niftyにご入会されてから、ちょうど18周年となります。」

というものだった。短いコラムもあって、

 「お客様がご入会された1987年当時、NIFTY SERVEの通信速度は最大 1,200bps でした(FENICS-ROAD1利用時)。現在最も高速な光ファイバー接続サービス(最大100Mbps)はなんとその 8万倍 のスピードになります。」

などと書かれている。 プロバイダー側から見たメールの目的はどうも死んでいるIDの掘り起こしにあるようだったが、受け取った側は19年目にはいった自分のネット生活をほんの数秒ではあったが感慨深く感じると共に、6月6日という日をちょっと特別な記念日のようにも思い始めているのだった。
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by hatano_naoki | 2005-06-06 07:08 | ネットとデジモノ