カテゴリ:旅の記憶( 20 )
G-SHOCKとインド
1999年の夏は南インドにいた。赤く乾いた大地を走る列車の窓から突き出した腕にはG-SHOCKと沖縄で買った青いガラスの腕輪。

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by hatano_naoki | 2008-12-24 22:32 | 旅の記憶
ビーチリゾート
プーケットには今から四半世紀もまえに行ったことがある。
バンコクから夜行列車でハジャイまでいき、ハジャイからバスでプーケットに入った。そのころはヒッピーめいた貧乏な旅行者しか行かないような辺鄙な島であり、しかし地中海クラブが建設中で本格的なリゾート開発がはじまろうとしているところだった。
わたしはソンテウでカタビーチまで行き、椰子の林の中にまるで鳥かごのように置かれた竹でできたバンガローに泊まり、丸一日を浜でビールを飲んですごした。

その十五年後、成田発プーケット行きの直行便で空港に着くとそこからタクシーで北部にある広大なビーチリゾートの一角を占めるリゾートホテルを訪れた。
一軒家形式の客室が広大な敷地にちらばっている。汗ばんで部屋に戻るとエアコンが効いていて、乾いて涼やかな空気がわたしを包む。部屋は清潔に整えられ、ベッドの上には毎日、花とちょっとしたギフトが置かれているのだった。

(追記)
どうでもいいはなしだが、このとき持って行ったのがSONY製のDSC-F55Kという単焦点のデジカメだった。当時のニュース記事は「一般市場向けのデジタルカメラとしては初の200万画素級CCD搭載機」と書いている。重さ約300g、レンズは回転式で、35ミリ換算で37mm相当の単焦点。バッテリー駆動時間は液晶バックライトON時で約50分。価格115,000円。当時のメモリースティックは最大でも16MBで価格は7,700円。

[SONY DSC-F55K]
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by hatano_naoki | 2008-11-20 21:24 | 旅の記憶
寝転んで空を見る
夜、庭(というよりも狭い木製デッキなのだが)に出てみると心地よい微風が吹いていた。それでちょっと寝転んで空を見ていた。東京の空は夜になっても明るく、かなり早く流れていく雲の白さが不似合いだ。それでも狭い空に5つか6つは星が見えていたはずだ。
そのときふと同じように寝転んで見た空を思い出した。
十年ほど前、それは日本ではなくて、ラメシュワラムでのことだ。ラメシュワラムというのは南インド、タミルナド州の都市のひとつで、マナール海峡を挟んでスリランカに近いヒンドゥー教の聖地のひとつだ。
その町にいた。暑い夜、涼もうと宿から出ていくと、空に星がいっぱいにあふれるほどに広がっているのに気がついた。長いこと見上げていたが首が疲れてきた。それでインドの地面に寝転んで見続けた。これまでに見たことがないほどたくさんの星だった。たなびく雲のように見えるのは天の川にちがいない。
旅の途中であったから時間は百パーセント自分のものだ。空の星を何時間見ていても誰も文句はいわない。
どれくらい時間が過ぎたかわからないが、実際にはそれほど長い時間というわけでもないだろう。寝転んで星空を見続けて何日もが過ぎていくような生活はわたしには無理だということがわかった。
なにしろ、単純に、寝転んで空を見るのはいいもんだ、という話を書きたかった。
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by hatano_naoki | 2008-09-02 21:18 | 旅の記憶
ジャララバード
ジャララバードを通過したのは1976年12月だ。
ペシャワールからカイバル峠を越えてカブールに向かうバスの窓から見たジャララバードは岩がちの荒地が多いアフガニスタンには珍しく、緑濃い平野が広がっていた。ジャララバードから西、カブールへは急峻な峡谷へと変わってゆく。
ジャラバードについての個人的な記憶はそれだけしかないが、それでも今回の日本人拉致殺害にはさまざまに思いいたすところがある。まず危険なアフガニスタンで民間資金のみで長期間にわたる支援活動を続けてきた「ペシャワールの会」とそこで活動して死という結末を迎えた伊藤さんは尊敬に値する。それから思考はアフガニスタンという国の運命へと広がっていく。
一時、数年前だったか、アフガニスタンに行こうと考えていた時期があった。それはかの地についての鮮烈な記憶が30年を経ても色あせていないからだ。わたしが訪れたアフガニスタンは王政が打倒されて軍事独裁が行われていた時期であり、2年後にはソ連が侵攻する。12月から1月にかけてだったからとても寒く、その凍てついた空気がいたいほどだった。
これまでの戦乱で百万人が死んだという。いまは旅行など思いもよらない地域となってしまい、この混迷がいつまで続くのかさえわからない。地政学的な不幸を背負った土地。
死の床にあるカスパーハウザーの脳裏に浮かんだ異郷の光景のように、わたしの脳裏にもアフガンの光景が浮かぶのだろうか。(航空写真はGoogleMaps)d0059961_9343783.jpg
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by hatano_naoki | 2008-08-31 08:17 | 旅の記憶
旅の記憶(16)着陸

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by hatano_naoki | 2008-02-02 21:08 | 旅の記憶
旅の記憶(15)沖縄 那覇の古い建物

那覇には住めそうだ。
いろいろな理由があるが、古い建物の雰囲気が好きだというのもそのひとつだ。戦後の沖縄では(米軍から習得した技術によると聞いたことがあるが)コンクリートの建物が普及した。そのコンクリートが汚れていくと、ユトリロみたいなとは言わないけれど、なかなかに表情豊かな建物ができあがる。木造建築もニュアンス豊かな建物をよくみかける。

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by hatano_naoki | 2008-01-30 12:34 | 旅の記憶
旅の記憶(14)沖縄 伊敷浜

久高島は観光向きとはいいがたい島だ。聖域や死者にまつわる場所が島中にあるといってよく、よそ者が歩きまわる場合、このふたつを冒さないようにいつも気をはっていなければならない。海岸にしても、そこは神が海の向こうからやってくる場所であり、いのりを捧げる場所であるので、島に来たよそ者がまずやるべきことは島の地理と聖なる場所避けるべき場所を聞いてそれを頭にいれ、聖なるものを尊重し汚さないようにするという意識を高めることで、そのあとで控え目に歩きだすのがいいだろう。
島の東側にある伊敷浜もまた伝説に彩られた聖なる場所だ。遠くサンゴ礁と外海の境目あたりで白波が立っている。

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by hatano_naoki | 2008-01-28 13:00 | 旅の記憶
旅の記憶(13)沖縄 サトウキビの森

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by hatano_naoki | 2008-01-25 16:05 | 旅の記憶
旅の記憶(12)沖縄 久高島の村はずれ

久高島には集落はひとつしかないが、その外れの辻で撮った一枚。

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by hatano_naoki | 2008-01-24 12:59 | 旅の記憶
旅の記憶(11)沖縄 与儀公園を流れるガーブ川

与儀公園にある県立図書館に行く途中、小さな川のそばを通った。
ガーブ川と俗称される芥の浮いた小川が、実はかつてこの付近にまで達していた深い入り江のなごりであり、この公園のあたりをやんばる船が往来していたことを知っているひとは多くはないだろう。
川には水はほとんど流れておらず、川沿いの並木が汚れた水面に影を落としていた。

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by hatano_naoki | 2008-01-23 12:24 | 旅の記憶