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GR Digital (25)テーマを探して
たいした写真も撮れないけれども、写真という記録手段が好きだ。GRデジタルを使い始めてから、毎日カメラを持ち歩く生活が始まった。カテゴリーとしてはいわゆるお散歩写真みたいなものを撮っているのだと思う。こういう目的には28mm単焦点の画角は十分に満足だ。こうして半年近くが過ぎた。
目に付いた興味を持てる被写体を記録する。プロを目指すのでもなし、それでいのかもしれない。しかし撮っているうちに、テーマがほしいという気分が頭をもたげてくる。それほど大げさな話ではない。細い一本の糸で結ばれたひとかたまりのスナップ写真をイメージする、それだけのことだ。
ではそのテーマとは何かと考え始める。以前、パリでドアノブばかり撮ってあるいたことがあった。そういう何かひとつのものを撮り続けるのは私の性分としては向いていると思う。そう、人生にはテーマが必要だ。
ちいさなカメラで小さなテーマを撮り続ける。ちょっと楽しいイメージだし、それは生活のアクセントで、アートのひとかけらに触れていることでもある。ただし、当然だが、無理やりテーマを決めるものではなく、それは私の内部からしみだしてくるものだから、いくらか注意深く自分の感受性に耳を傾けることにしよう。
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by hatano_naoki | 2007-09-29 18:53 | カメラと写真
JEANS

[RICOH GR Digital]
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by hatano_naoki | 2007-09-29 09:59 | 写真日記
MARKCITY、朝

[RICOH GR Digital]
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by hatano_naoki | 2007-09-28 20:27 | 写真日記
都会のスイレン

[RICOH GR Digital]
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by hatano_naoki | 2007-09-28 20:16 | 写真日記
那覇短期滞在計画
ごく短い期間でいいから、那覇に住んでみたいという気分が強くなってきた。
たとえば1ヶ月くらいでもかまわない。
そのひとつの理由に、県立図書館をはじめとするいくつかの場所でしらべものをしたいということがある。私は幸運なことに国会図書館に30分ちょっとでいけるところに住んでいて、その恩恵は計り知れないものがある。しかし沖縄に限っては、やはり沖縄の図書館や県立公文書館を避けて通れない。那覇の町の隅の方の小さな部屋に住み、得体の知れないひとりの男として図書館に出入りしたり町を徘徊したりすることは比較的実現可能性のある夢のひとつだ。うまいものを食べにいったりするにしても、短期の滞在では思うようにいかない。とにかく、那覇では野垂れ死にすらできそうなのだ。
東京生まれの私は基本的に「失われた者」だ。根がなく、実際には根は皆無ではないがその大半は空想的で抽象的であり、思い出もなく、実際には思い出はあるけれどもそれらはメディアによって大量に注ぎ込まれる仮想の思い出とないまぜになって実在感が希薄になる。こういったイメージもまたどこかで大量生産された「消費財」だが、それらは私自身の資質、性向、生き様、好き嫌い、運命によって変形し、カスタマイズされ、私にとって居心地のいいイメージになっている。
那覇に私の根があるとは思わないが、まだ見ぬ懐かしさのようなものがある。那覇には行ったことがあるから正確には「まだ見ぬ」とはいえないし、形容そのものにも矛盾があるが、そういう気がするのだ。
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by hatano_naoki | 2007-09-23 19:50 | 沖縄
アウン・サン・スー・チーと僧侶たち
d0059961_10233156.jpgAFPによれば、22日、雨の降るヤンゴンで僧侶が大規模なデモを行い、アウン・サン・スー・チー(Aung San Suu Kyi)さんの自宅前を通過した。スー・チーさんの自宅に通じる道路は封鎖が続いているが、封鎖が解かれたのは異例だという。
「目撃者によると、スー・チーさんは午後半ば過ぎに、女性2人を伴って自宅から姿を現し、通り過ぎる僧侶らに泣きながら敬意を表した。スー・チーさんと僧侶たちは会話しなかったらしい。」とAFPは述べている。
またasahi.comは「AFP通信などによると、雨の中で僧侶らがスー・チー氏の自宅前に到着すると、同氏は涙を流しながら門の近くまで現れ、僧侶らに手を合わせた。僧侶らは約15分にわたり、同氏のために祈った。会話はなかったという。 」と言っているが、私が見たAFPの記事には「僧侶が約15分にわたり、同氏のために祈った。」という記述はなく、この部分のソースははっきりしない。AFPも「目撃者によると」と書いているということは、肝心のスー・チーさんと僧侶の邂逅の場面は伝聞によるもので、事実関係にいくらかのゆらぎがあるのはそのせいだろう。
スー・チーさんが「泣きながら手を合わせた」こと、スー・チーさんと僧侶たちが会話しなかったこと、この2つが事実だとすれば、この光景は実に象徴的、アジア的に感じられる。千人もの僧侶がスー・チーさんの前を粛々と通り過ぎる。彼女は静かに手を合わせる。怒号、叫び、イデオロギーがそこにはなく、もっと根源的ななにものかがビルマ民主化運動の精神的支柱と僧侶たちの間をゆっくりと行き来する。
これはニュースの一行から湧き上がった妄想にすぎないけれども、アジアにおける民主主義とか改革とか抵抗とか抗議とかを考えさせる瞬間ではあった。軍政が終わり、まともな政府が機能しはじめたなら、私はかの地を訪れるかもしれない。
アジア的と書いて、ではアジア的とはなんなのか、と自問する。浅薄な「アジア」では立つ瀬がない。アジアというくくりも、それが存在するのかどうか。きわめて感覚的な話だが、感覚的に断ずることは自分自身の宿痾であることもわかっている。しかし、それは少なくとも、私自身の内部にある(はずの)アジアに対する望郷、憧憬、シンパシー、連帯、支持、そしてヤマアラシのジレンマの表明だし、できれば精度を高めていきたい大切な概念でもある。

写真はnobelprize.orgというサイトのHeroines of Peace: The Nine Nobel Womenというページにあったもの。いつ撮られたかわからないが、背後に写っているのは障子に見え、日本で撮られたのだとすれば彼女が京都大学東南アジア研究センターの客員研究員として日本に滞在していた1985年か1986年頃、つまり40歳頃の写真かもしれない。
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by hatano_naoki | 2007-09-23 10:26 | 日日
明かり

[RICOH GR Digital]
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by hatano_naoki | 2007-09-23 08:57 | 写真日記
ヌオン・チアが拘束された
きょう、ヌオン・チアがパイリンの自宅で拘束されたという。もう81歳になっているヌオン・チアが特別法廷で裁判にかけられたとして、これからどのような運命をたどるのかは誰にもわからないが、彼の最大の抵抗手段がその年齢であることは誰の目にも明らかだ。徒労感が重くのしかかる。
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by hatano_naoki | 2007-09-19 21:10 | カンボジア
ドライフラワー

[RICOH GR Digital]
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by hatano_naoki | 2007-09-19 21:08 | 写真日記
Bourbon on the rocks
バーボンのオンザロックは人生の味がする。などというと昔のサントリーのコピーみたいだが、バーボンは実際に好きであり、長いつきあいで、これからもつきあいは続くだろう。幸福な関係だが、いまや輸入ウィスキーの値段は信じられないほど安くなり、飲みすぎる危険が増しているのが唯一の問題だ。
ストレートを飲むにはヤワだが水割りを飲むほどには鈍(なま)っていない。グラスに氷を入れ、バーボンを注ぐ。氷がカラカラと鳴るたびに新しい心象風景に出会い、酒の濃度が時々刻々変化してゆくにつれて思考の密度も変転する。やがてずいぶん酔いがまわり、今日の思考の軌跡を翌日には追えなくなりそうだとわかってくる。それではここまでだ。あとは少し濃い目のを作り、酔うことに専念しよう。
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by hatano_naoki | 2007-09-17 21:34 | 日日