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年表をつくる
「パソコン通信の本」を書くにあたって、手始めに自分の個人史、パソコン通信、インターネット、コンピュータの歴史、日本と世界のできごとの対照表を作った。
あるときわたしは生き、あれこれ体験したが、そのときというのはあとになって大きな時の流れの中で見直してみるとどんなふうに見えるのだろうか。というほどおおげさなものでもないが、ごく簡単な年表でさえもそこから一定の歴史感覚が生まれてくるのはおもしろい。特に時代の屈曲点、時代がハンドルを切る瞬間がこういう年表から見えてくる。
この手の年表を充実させていけば鳥の目が獲得できるかもしれないが、一方で年表づくりにはまってしまう恐れもある。そこそこにしておこう。
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by hatano_naoki | 2008-07-28 20:13 | ネットとデジモノ
(また)呻吟の日々のはじまり
ここ何年も心の隅に引っかかっていたテーマにようやく手をつける気になった。それは20年も前のパソコン通信との遭遇についてである。
パソコン通信やインターネットの黎明期についての記録はすでにいくつか本になっているし、包括的な歴史書的体裁をとったものもあるようだが、わたしとしては自分自身の狭くて私的な体験と見聞に基づいた書き方しかできないし、そこにこだわった書き方をしてみたいと考えている。実際にそれが可能なのかどうかわからないし自信も見通しもないが、あのときのオンライン感覚をなんとか言葉にしておきたいという願望だけが書こうという意思を生み出している。はじめるからには終わらなければならない。ささやかだがちょっとした緊張が心地よい。また少なくとも一年にわたる呻吟の日々がはじまる。
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by hatano_naoki | 2008-07-21 19:52 | ネットとデジモノ
だれも来ない掲示板
秋葉原で起きた殺傷事件の加害者は携帯サイトに掲示板を作り、そこに短いメッセージを集中豪雨のように書き込んでいたという。報道はその行為が彼の孤独を象徴しており、また行為自体が常軌を逸しているといいたかったようだ。加害者は人間関係が希薄であり、インターネット上でも相手にされなかった。掲示板を見た誰かに止めてもらいたかったと彼がいったという報道もあったと思う。
彼が作った掲示板にはおそらくほとんど訪問者がなかった。誰かが読んだとしてもメッセージの内容から現実の殺人事件への発展を予想するのは難しかっただろう。わたしが偶然その掲示板にいったとしても彼を説得して犯罪の実行をとめることはせず、警察に連絡することもなかっただろう。書かれたことは本当かもしれないが空想の産物かもしれない。書かれた事柄を半身にかまえて見る癖がついている。ネットがそういう場所であるということくらい、今では子どもでも知っている。それなのに加害者は自分のメッセージを読んだ誰かが止めてくれるのではないかという淡い期待、他者への期待を持っていたのだろうか。
掲示板であれブログであれウェブサイトであれ、ある場を作る時、だれもがいくらかの期待を抱くはずだ。場を作ることがコミュニケーションを生み出し、自分がそこにおけるコミュニケーションの主人になれる気がする。単にどこかの掲示板に書くときであっても、基本的には似たような心理が働いているはずだ。
しかしいくら待っても誰も来ず、書かず、コメントしない。するとそのこと自体、自分が無視されているということの証だという気がしてくる。広いネットの上で自分くらい孤独で無視された存在はいないというくらいの気分になる。ネットの心象が個人の内部に生まれて育つものである以上、こういう心理状態は特殊でもなんでもなく、誰もが感じるものだ。実際にはネット上のコミュニケーションの場は指一本で作り出せるが、そこに息を吹き込み、生き生きとした雰囲気を保ち、そこで実際にコミュニケーションが生まれてなにかが動き出すように注意深く見守り続けるにはずいぶん手間がかかる。
話は変わるが、わたしが思うには開設したブログをやめてしまう理由のひとつは自分には書くべきことがないことに気づくからで、もうひとつは他人の目が感じられないからだ。いまやわたしたちはネット上で情報発信の場を簡単に手に入れられる。その代表格がブログだが、場が手に入ったからといってそのひとに発信したいこと、表現したいことがなければその場が機能しないのは当然のことだ。見捨てられたブログが山ほどある最大の理由(=個人の内的要因)はこれだと思う。ただしすこしやさしい言い方をすれば人間は意外に自分を発見していないことが多い。ブログに書くことがないと思っているひとでも、自分をうまく発見できれば、書くこともまたいくらでも見つかる可能性があるだろう。
ブログが廃れるもうひとつの原因(=外的要因)は、他人の気配か感じられない、つまり読みに来る人がいない、コメントがないことだろう。世の中のブログの大多数は固定的な読者を持っているというわけではない。特定のキーワードから検索結果をたどってほとんど偶然のように迷い込んでくる訪問者がいるかもしれないが、それは一過性のものだ。正確なデータを持ち合わせていないけれども、ブログもウェブサイトもアクセスが集中するのはごくわずかのサイトにすぎず、その他の大半のウェブサイトやブログでは閑古鳥が鳴いているはずだ。
一方でブログをきわめて私的な場として作り、使うひともいる。他人とのコミュニケーションなど最初から期待していない。ひとりでつぶやくための場所であればよく、一人暮らしの部屋に帰ってただいまというような気分で愚痴をいったりすればそれでいい。完全に閉じているが一定の充足と安定がある。こういうブログもまた少なくないはずだ。
わたしにはあの事件の加害者に見えていた社会やネットがどのような姿をしていたのかはわからないが、自分という存在がはじめから破滅してゆく者として規定されていて、そこにいたる過程のひとつとして掲示板が準備されたように思えてならない。自分がいかに世間から相手にされない余計者であるかを確認するためのツールであった携帯の掲示板は、結果としてうまく機能したことになる。だれも来ない掲示板に殺人行為の実行までの過程を書き込み続けながら、彼はどのような心理状態にあったのだろうか。少なくともわたしが目にした一部からは興奮や激昂は感じられず、そのかわりに奇妙な静けさがあった。そこに希有の殺人事件実行直前のある種の充足感、強烈な負のエネルギーが漂っているような気がしたのは錯覚だろうか。
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by hatano_naoki | 2008-07-13 21:22 | ネットとデジモノ
カンボジアに関する百の断章(1)微妙な違和感はなぜ生まれるのか
ひさしぶりにカンボジアをめぐる思考を試みてみたくなった。以前からの宿題にすこしだけ手をつける気分だ。

アンコール遺跡への興味に始まってカンボジアという国とその歴史、あるいはそのあたりの自然、そのあたりに住むひとぼと彼らの生きざま、それらに関心を持って動き始めてから十年が過ぎた。この間、関心の対象はすこしずつ広がっていったし、それにともなって自分なりに理解を進めてきたとは思う。
ところでここで書きとめておきたいのは、カンボジアについて考えるときに抱くある違和感についてである。
おおざっぱにくくれば、カンボジアをめぐる外国人の視点、理解、思考、感情、行動にまつわるある空気、あるいは匂いのようなものに対する違和感がある。どうも違うと思う。なにかが見過ごされ、なにかが間違っていると思う。ところが自分自身にはそのあたりを渉猟してからみあった問題を腑分けし、わかりやすく整理するほどの能力があるかどうかは疑わしいので、そこからなにか行き詰った感じ、いいようのない閉塞感と絶望感が生まれる。
たとえばこういうことだ。カンボジアが好きだというひとがいる。遺跡であれ人々であれ、かの地への愛を語ってやまない。そういう人物に会ったとき、ではわたしはカンボジアが好きなのかと問いかけている自分がいる。
ある国、地域、そこに住むひとびとを好きだと思う感情は、乱暴にいえばそのひとの個人史と世界観に由来している。世界にはたくさんの国があるけれども、国によってその国を好きだと思う個人のかかわり方は異なっているだろう。ある国への視点、関わり方はその個人の根源的な部分と関わっているというのがわたしの考えだ。ひとびとはなぜカンボジアを愛するのか?あるいはそう言えるのか?
カンボジアで学校を建て、井戸を堀り、農業技術を教え、あるいは民主主義を根づかせようとするひとたちがいる。行動を通じてカンボジアのひとびとの自立を支援しようとする。なにも見ない、しない、考えないよりもどれほど価値があるかわからないし、現代の社会におけるひとつの潮流をなしてもいる。ところが一方で、わたしの内部にそうした行動に対する完璧な支持が生まれていないとも思う。それはカンボジア支援そのもの、あるいは支援しようとするひとたちに対して批判的だということではない。カンボジアに対するさまざまな支援は、国際的な支援というものについて考えるためのひとつのケースであるし、ひいては現代の国際社会、国際政治というものを考えさせる。それらについて自分なりに誠実に考え、表現したいと思う。ただしそれがなぜなのか、どういう思考に由来しているかを軽率に表現すべきでないと思うのは、わたしにとって根源的な何かが潜んでいるような気がするからだ。
カンボジアに対する関心の相当に大きな部分はかの地の人びとに対する関心だといっていいだろう。支援するにせよ観光で訪れるにせよ研究の対象にするにせよ、カンボジアの人びとに対する好感と同情が大きな動機になっているように見える。ところがわたしにはしばしば語られるカンボジアの人びとの心象というものに違和感が感じられてならないし、カンボジアの人たちを内包するカンボジアというものの総体の語られ方への違和感につながっている。
いま述べたいくつかの違和感の原因はおそらく自分がカンボジアを理解しているという自負にあるのだが、それらはいわば引き裂かれた自負であり、かたちにならなければただの妄想にすぎないことは自明なので、今は自意識が表現を求めてさ迷っている。そういう状況なのだろう。自分の感じている違和感、不適合感、居心地の悪さ、孤立感に拠って何かを書き始めようとするわたしがいる。

ちなみにタイトルの「百」とはここではたくさんという意味だと考えたい。
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by hatano_naoki | 2008-07-13 15:05 | カンボジア
ちゃんと書かないとだめだね
あれこれ考えているのは、相変わらず書くことについてだ。
今日も客がほとんどいないコーヒーショップでBeachFMを聴きながら考えていて、結局書きたいことがいくつかの系列にまとめられることを再確認した。
とりあえず書きとめておくなら、昔からの関心事でその割には成果の出ていない『はじめて出会ったモノの記憶』というのがある。今までの人生でさまざまな"はじめてのもの"(たとえば電気洗濯機、電気冷蔵庫、テレビ、ウォークマン、ビデオテープレコーダー、ビデオカメラ、パソコン、シリコンオーディオプレーヤー、ICレコーダー、デジタルカメラ、携帯電話などなど。)に出会ってきた。こうした機械に最初に触れたときにどう思ったか、それらが自分の生活をどのように変えたかといったことを書きとめておきたい。
そしてもちろんパソコン通信やインターネットとのかかわりについて書いておきたい。テーマは『ネット/モバイルデバイスと人間』だ。
カンボジアについては、まだ書きたいことを書いていないという意識が強い。たとえば『カンボジアに関する百の断章』というようなイメージの、短文の集まった本を書いてみたい。自分がかの地をどのように見、理解したかを確かめてみたいのだ。
さらに、現在について書くこともしてみたい。これはいわば状況への発言だ。すぐにぼろが出てしまうだろうが、ちょっと麻薬的な魅力のあるテーマでもある。
宿題としては沖縄がある。沖縄に対する関心は衰えていないが、勉強不足を日に日に感じてしまう。書くまでにいま少し時間が要るようだ。
ちゃんと書かないとだめだね、というのが平凡な結論。
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by hatano_naoki | 2008-07-12 20:45 | 日日
イグアナがCRTの上でくつろぐ
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by hatano_naoki | 2008-07-12 13:27 | 写真日記
神田川
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by hatano_naoki | 2008-07-12 13:03 | 写真日記
イー・モバイルのS11HT(29)Widgetsなど
d0059961_21291849.jpgその後もあれこれアプリを試している。一週間ほどまえに公開されたAccessのWindows Mobile用Widgetを入れてみた。IEでは動作がいまひとつのような気がするのでついでにNetFront Browserもインストールした。
Widgetはまだ数が少ないがそれでもなかなか楽しめる。時計、天気予報、Twitterが気に入った。それぞれのデザインも悪くない。Twitterは以前ちょっとやってみたが面白いとは思えなかったが、小さなモバイルデバイスでやるTwitterは意外に面白くて、こういう環境がTwitterには向いているようだ。
WidgetはWindows MobileのToday画面を劇的に動的にしてくれる。それにこうした小物というのはもともと楽しいものだ。ただしS11HTのQVGA画面ではWidgetをいくつもひろげておくわけにはいかず、ひとつずつ引っ張り出してはまたしまうという使い方になりそうだ。
NetFront Browserは少なくともIEよりはいい感じだ。はやりの"慣性スクロール"は指での操作を想定しているのだろうが、それほどすばらしいとは思えない。試用期間が2ヶ月ほどあるのでその間にいろいろ試してみよう。
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by hatano_naoki | 2008-07-08 21:29 | ネットとデジモノ
新宿のオキナワ
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by hatano_naoki | 2008-07-07 20:46 | 写真日記
路上
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by hatano_naoki | 2008-07-07 07:39 | 写真日記