<   2008年 08月 ( 12 )   > この月の画像一覧
ubiquity、おもしろい
Firefoxのアドオン、ubiquityは最近になくおもしろい。コマンドラインからメーラーを開いたりgoogle検索をしたりできる。極端にいうとブラウザを開いたデスクトップが別のもっと高級な環境に見える楽しさだ。まだバージョンも若くて英語のみ対応と思ったほうがいいが、いずれコマンドも増えてさらに使いやすくなるだろう。これはいい。
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by hatano_naoki | 2008-08-31 21:32 | ネットとデジモノ
『パソコン通信本』その後(3)
休日午後のマクドナルドで本のことを考えていた。
文字ばかりの本ではなく、さまざまな文字以外の要素が入った本にするのはどうだろうか。たとえばイラスト、グラフ、写真などをちりばめたスクラップブックのような本。先日国会図書館で読んだ『メディアはマッサージである』の影響を受けているのかもしれないが、昔からそういう本が作ってみたかった。全体的な構成の基本アイデアを発見したがここには書かない。
まだ書き始めたともいえないような状態の中で、しかし不安が去らない。本にできるのか出せるのかという不安が大きいし、もっと本質的にはきちんとしたものが書けるのかというのがある。これまでに他人が読んでおもしろいと思い、引き込まれるような本を書いたことがあるかといわれたら、自分ではそれなりに一生懸命に書いたとはいえ、イエスとはいいにくい。今回は、少なくとも、読んだひとが楽しめるものを書きたいという願いがある。
「楽しめる」ということばの意味は多義的だが、今度の本については目で見て楽しいもの、つまり先に書いたようにグラフィック的要素を満載した本というイメージがある。もちろん文章も読んで面白いのを書きたいけれども、こちらは修行が足りない。
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by hatano_naoki | 2008-08-31 20:16 | ネットとデジモノ
イー・モバイルのS11HT(30)5ヶ月目の感想
S11HTを使い始めてから丸5ヶ月がすぎた。
この時点での感想をメモ。
ほぼいつも身近に置いていて、主な用途はメールのチェック、電子辞書、原稿書き(このときはStowaway bluetooth keyboardと併用)、音楽プレーヤー、ビデオプレーヤー、インターネットラジオ、等等。
いまだに気に入っているし大きな不満はない。とくにティルトアップする液晶画面が秀逸で、このギミックによってミニノートPC的な使い方が可能になっている。いつも画面にはアナログ時計を表示させているから時計代わりでもあるし、同じくgoogle検索アプリを常駐させているからgoogleへのアクセスは瞬時に可能だ。このデバイスで一定の生産性が実現できていることが実感できる。
新たなソフトのインストールはここしばらくしていない。そのかわりムービーとか楽曲とかのコンテンツを増やしている。ただしメモリは現在の4GBで十分だと思うし、この容量の中でやりくりするのが楽しいということもある。今後はおそらくUMPCと組み合わせて使うだろうし、音質のいいポータブルスピーカーと組み合わせるのもいいだろう。
指摘されているバッテリーのもちはeneloop mobile boosterとの併用でまったく気にならない。QVGA画面はたしかに狭いが使いようでどうにでもなる。わたしの場合、いくら画面が大きくともEM ONEとかWillcomD4のようなきょう体の大きさでは意味がない。
というわけで、このデバイスはあと一年くらいは使うだろうと思う。ただしUMPCを併用する段階で使い方は変わると思うし、もしかすると単なるインターネット接続デバイスになるかもしれない。
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by hatano_naoki | 2008-08-31 19:36 | ネットとデジモノ
外部脳としてのgmail
たいしておおげさな話ではない。
なくしたくないファイルの最終的な避難所として、また頻繁に修正を重ねるデータのバックアップ先として、gmailの大容量の恩恵を受けているということを書き留めれば十分だ。
きょう現在のデータ容量は7,086MBということになっている。だいぶ前だが3GBくらいだった気がする。ひとつのメールアカウントに与えられるデータ容量がじわじわと増えていくという状況はこのアカウントに対する安心感を増す効果がある。このあたりもGoogleは実にうまい。人生を知っているのだろう。Microsoftとの大きな違いだ。メールアカウントそのものも最近はGmailの比重が高まってきた。
この20年間にかなりの量のデータを作り、保存してきたがその大半は失ってしまった。しかし残念だとは思わない。ほんとうに必要なデータなどたいした量ではなく、それも結局失われていく。だいたいデジタルデータは実際には失われやすいと思うのだが、自分自身がその恰好の事例だということだ。
国会図書館はウェブサイトのデータをその蔵書と同様に永久保存しようとする意向を持っているらしく、予備調査が行われていることは知っている。しかしこのプロジェクトが最終的にどこに着地するのか、わたしは知らない。ただ、自分のウェブサイトが永久に残ってほしいとは考えており、ただし今のしくみではわたしが死ねばドメインの維持やサイトの静的管理すらむずかしくなるだろうことは明らかなので、あれこれ考えていたところにこの国会図書館のプロジェクトのことを知って光明が見えた気がしたものだ。国会図書館のサーバーに自分のサイトが遺作となって格納される。これもまた自己の拡張であり、うれしい妄想だ。
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by hatano_naoki | 2008-08-31 17:40 | ネットとデジモノ
ジャララバード
ジャララバードを通過したのは1976年12月だ。
ペシャワールからカイバル峠を越えてカブールに向かうバスの窓から見たジャララバードは岩がちの荒地が多いアフガニスタンには珍しく、緑濃い平野が広がっていた。ジャララバードから西、カブールへは急峻な峡谷へと変わってゆく。
ジャラバードについての個人的な記憶はそれだけしかないが、それでも今回の日本人拉致殺害にはさまざまに思いいたすところがある。まず危険なアフガニスタンで民間資金のみで長期間にわたる支援活動を続けてきた「ペシャワールの会」とそこで活動して死という結末を迎えた伊藤さんは尊敬に値する。それから思考はアフガニスタンという国の運命へと広がっていく。
一時、数年前だったか、アフガニスタンに行こうと考えていた時期があった。それはかの地についての鮮烈な記憶が30年を経ても色あせていないからだ。わたしが訪れたアフガニスタンは王政が打倒されて軍事独裁が行われていた時期であり、2年後にはソ連が侵攻する。12月から1月にかけてだったからとても寒く、その凍てついた空気がいたいほどだった。
これまでの戦乱で百万人が死んだという。いまは旅行など思いもよらない地域となってしまい、この混迷がいつまで続くのかさえわからない。地政学的な不幸を背負った土地。
死の床にあるカスパーハウザーの脳裏に浮かんだ異郷の光景のように、わたしの脳裏にもアフガンの光景が浮かぶのだろうか。(航空写真はGoogleMaps)d0059961_9343783.jpg
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by hatano_naoki | 2008-08-31 08:17 | 旅の記憶
『パソコン通信本』その後(2)
個人史、コンピュータとネットワークの変遷、それに簡単な現代史を(むりやり)A4一枚にまとめた執筆資料を作って1ヶ月がすぎていった。つづいて携帯やインターネットの普及曲線、2ちゃん、ブログ、ウェブサイト、mixi、youtubeといったメディアの盛衰を一表にまとめてみた。これはこれでなかなかおもしろい。自分が「情報の時代」の爆発直前の真の黎明期にその現場にたちあったのだということが視覚的に理解される。自分の生きた一時代を歴史の中で見直すという作業は無駄ではなかったと思う。
ところで、こうした資料を手元において書くべき内容についてちょっと悩んでいる。自分が目撃した時代とメディアの変容の記憶を軽く饒舌な文体で書いてみたいというのが基本的なアイデアだが、そこにはゆるぎがないとしても、では具体的にどう展開するかというところで今ひとつ確信がもてないというのが正直なところだ。いきつもどりつしている。だめになりそうな危うさもある。気持の整理が必要なようだ。
これまで用いたことのない文体で書いてみたいというのは根源的な誘惑だし、構成というものを意識したのははじめてのことだ。エディトリアル・デザインに凝ってみたいというのもある。この場合、早い段階からグラフィック・デザイナーの協力が必須になる。なによりも読み手が引き込まれるような本を作ってみたいのだ。いずれにせよ、全体の一割かそれくらいくらい書けたら原稿を読んでくれる先を探すことにしたい。
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by hatano_naoki | 2008-08-30 21:00 | ネットとデジモノ
雨上がり(2)
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by hatano_naoki | 2008-08-28 19:35 | 写真日記
映画『スカイ・クロラ』
映画『スカイ・クロラ』を観た。
久しぶりの押井作品だから満席なのかと思っていたが客の数は数えるほどでびっくりした。そういえば映画の感想に触れたブログをいくつか読んでの印象もどちらかといえば今ひとつという感じだったのを思い出す。いわゆる押井ファンはがっかりしたひとたちが多いようなのだ。ただしそれらを読んだ感想としてはわたしには彼らが監督の意図をそれほど理解していないように感じられていた。
映画はおそらく監督が意図した世界に忠実に作り上げたのだろうが、わたし個人としてはあと一歩入っていけなかった。多くの押井ファンが指摘している空中戦の迫力はたしかにそうだと思うけれども、なにかいまひとつ納得できにくいものがある。登場人物たちの世界は難解ではないが、やはり触りにくい。考えてみると、YouTubeで観た予告編のほうがせつなくて美しかった。つまり作品の基幹となるいくつかのアイデア、ショーとしての戦争とか思春期のままで死なないパイロットとか、それらこそがわたしには訴えかけてくるのだった。
ただし作品の空気は嫌いではないし、すばらしい映像がいくつもある。わたしはキルドレではないけれども生と死の円周に触れながらゆっくりと移動している気分があって、それは輪廻転生と輪廻とかを信じているという意味ではなく、わたしたちがたぶん日常的に永遠に出会っているらしいことが信じられる。ただ時間はせわしなく過ぎていくのであまりそれにかまっていられない。ゆっくりと向き合うのはおそらく死ぬ直前あたりなのだ。
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by hatano_naoki | 2008-08-27 23:28 | 日日
雨上がり
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by hatano_naoki | 2008-08-24 15:09 | 写真日記
地下道
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by hatano_naoki | 2008-08-23 17:47 | 写真日記