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1999年、200万画素機で撮った最初の写真
ほぼ10年前の1999年3月31日午後4時半、新宿のサクラヤでSONYが発売したばかりの200万画素機DSC-F55Kを買った。その足ですぐそばのTOPSに入ってビールを飲みながら撮った最初の数枚のうちの一枚。デジタルカメラが200万画素に到達した記念すべき機種だ。この画像を見てデジタルフォトでいこうと決めた。

[SONY DSC-F55K]
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by hatano_naoki | 2009-01-31 20:21 | 写真日記
今頃になってEeePC 4G-X(3)
4G-Xを持って外に書きにいった。カフェに入って取り出してみる。大きさと存在感はどちらも極小であり、好印象だ。ACをつなぎ、エスプレッソをすすりながらキーボードの感触を確かめる。打鍵は気持ちいいというところまではいかず、価格相応だが我慢できないほどでもない。キーボードにセクシーな感触を求めるなら高価な伝統的ノートPCを買わなければならないだろう。コストパフォーマンスは良好ということだ。
入力とともに重要なのは画面だが、狭小な画面はこれもテキストを扱うかぎりむしろ集中できて好ましく感じた。狭くて我慢できなくなるかとも思っていたが、ようは考え方だ。
TeraPadで数時間、あれこれ書いてみて、このPCで一冊の本が書けると感じた。WindowsのダイエットとSDカードのHD化以外に特に手を加えていないが、テキストを扱う限り動作もきびきびしていてこれでOKという感じだ。反応速度に問題はまったくない。SSDは2GB弱、DドライブのSDカードは3GBほど空いているが、テキストを扱うだけなら十分すぎる余裕。極限の吝嗇である。飽食のPCライフにおさらばというほどでもないが、なかなか刺激的だ。
持ち歩く場合、重さは大きなファクターだが900g台とはいえ決して軽くはない。しかしこれも大きな問題ではなく、合格だと思う。
唯一の欠点はバッテリーのもちの悪さだが、試したところでは公称3時間半に対して(無線LANとカメラをOFFにした結果)3時間はいけそうであり、まめにスタンバイして節約しながら(たぶんここがポイント)都合5~6時間程度は集中して書き、考え、また書くというような状況に対応できそうだ。
現時点では、わたしの使い方の範囲では次のような認識だ。
1)Windowsのダイエットは必須(1GB程度は簡単に削れる)
2)メモリ増設は不要(512KBで問題なし)
3)ACアダプタは持ち歩くほうが安心
4)マウス必須
5)デバイスごとの消費電力に気を使えば稼働時間が伸びる(といっても最大3時間程度)
というところ。とくに消費電力に関しては、無線LANとカメラが大きく、メモリ・SSDの大容量化、USBメモリの接続なども増加要因だし、液晶の明るさももちろんそうだ。これに対して予備バッテリーを用意するという方法もあるが、ここはまずケチケチ作戦ということにしたい。
いろいろ強化すればそれなりにおもしろいに決まっているが、実用面ではそれほど必要性を感じない。いずれは高速で大容量のSSDに換えるとか、メモリも最大まで増やすとか、やってみるかもしれないが、少し使ってみてこの機械の使い方をあるべき論でいうなら、どうもそうではないような気がしてきている。
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by hatano_naoki | 2009-01-31 17:27 | ネットとデジモノ
EeePC 4G-X
[RICOH GR Digital]
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by hatano_naoki | 2009-01-31 10:24 | 写真日記
今頃になってEeePC 4G-X(2)
ここ数日使ってみているが、あいかわらず楽しい。
この機械は発売当初から関心があってさんざんネット上の情報に触れてきたので、その性格もふくめてよく理解した気になっている。ほかの同カテゴリーの製品と比べてももっとも本質的なネットブックのおもしろさがあると感じる。
ではもっとも本質的なネットブックのおもしろさとは何か?
個人的な感覚によれば、わたしがこれまで使っていたノートPCに感じていた高級感、精密感、そしていくらかの距離感のようなものが、このネットブックにはほぼまったくない。極限的に身近な存在。身近に感じる理由はその価格と仕様、そして仕様を生み出した思想にある。複雑化する世界にあって切り詰めた仕様の暗示する使い方が鮮烈な印象を与える。シンプルに生きよ、というような。PC、特にノートPCというものは、安く作ることはできないのだと思い込んできた。あれはなんだったのか?新しい価値観、新しい提案がそこにあるように感じる。極論をいえば、そこに線を引いて古臭い世界と分けたのだ。
ネットで見ていると、さまざまな改造や性能強化の事例が発見できる。なかでもメモリを増やすひとが多いようだ。最大容量の2GBにしてRamdiskを設定するというような。で、わたしもメモリを増やすつもりでいた。いまやこのPC用のメモリはタダ同然の安さで、2GBでも2000円を切る。
しかしメモリは増やさないことにした。わたしの場合、実用面では筆記具であり原稿用紙として使うわけで、基本的に文章を書く機械としてしか考えていない。主に使うのはエディターだろう。だからたぶんメモリは512KBで十分だし、SSDにあれこれインストールするつもりもないので4GBで不満はない。メモリやSSDを強化すると消費電力が増え、駆動時間が短くなると知ったのも機能強化をペンディングにした理由のひとつだ。
あれこれ追加して強そうな機械に仕上げていくのは楽しいが、実用面ではそれほど必要としていないことがわかってくると、むしろぎりぎりのスペックを遊ぶのがおもしろいと思い始めた。そんなわけであえて機能強化を図ることなく実用段階に入ろうとしている。512KBメモリ、4GBSDD、4GBのDドライブ(=SDカード)の組み合わせでしばらくやっていく。以前から使っているポータブルなソフトウェアをほとんどDドライブに入れ、Cには基本的にソフトのインストールをしない。今日からこれで文章を書きはじめることができそうだ。
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by hatano_naoki | 2009-01-31 10:15 | ネットとデジモノ
今頃になってEeePC 4G-X
d0059961_175952100.jpg発売からほぼ1年が経過したEeePC4G-X(白)を池袋の家電量販店で購入。まだ売っていること自体がおどろきだが、値段も驚きの1万円とちょっと。発売当初の5万円弱という価格には破壊的な威力があったが、それがいまや当時の4分の1にまで下落している。もっともこれは例外的なケースかもしれない。
EeePC4G-X以降、ずいぶん多くのネットブックが登場したし、私自身、昨年は同じASUSのEeePC901-Xを購入済みだが、ネットブックの中で一番刺激的なのはいまだにこの4G-Xだとわたしは思っている。わずか4GBのSSDという極限的な仕様がマニア心を刺激した結果、1年たった今ではありとあらゆる試みの蓄積がインターネット上にあって、それらをありがたく使わせてもらえる状況ができあがっている。そういう財産がこのチープなミニノートの大きな魅力だ。
きのうはそうしたノウハウをもとにWindowsのダイエットやらチューンナップやら、こまごました作業を3時間ほどつづけ、いちおう満足のいく環境ができあがった。基本的には901-Xのときにやった作業の繰り返しであり、むずかしいことはない。ダイエット後にインストールしたのはアンチウィルスソフトのAVAST!他数本だけで、あとはSDカードに入れたポータブルなソフトでいくつもりだ。空きは2GBくらいあるから十分だろう。
さっき裏蓋を開けて確認したらどうやらいわゆる後期型らしく、SSD基板がminiPCIeスロットにささっていて小躍りした。いずれ大容量のSSDに交換するかもしれないが、その前にまずメモリを1GBにしたい。
遊び道具として最高だが、同時に文章を書く道具として使おうと考えている。キーボードは打ちやすくはないがなんとかなるだろう。これで次の本を書くぞ、という動機づけの道具でもある。
それにしてもこのチープなPCがなぜこれほど楽しいのか、まったく不思議だ。安いから楽しいということではない。安いという要素がないわけではないが、なにかとても自由で束縛されていないという感じがする。それは商品の仕様の力が大きいように思うし、仕様を決定した想像力とか市場を見通す力、そしてこの機械を生んだ台湾のコンピュータ産業の活力を感じる。ひさしぶりに興奮を感じる機械だ。
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by hatano_naoki | 2009-01-26 16:20 | ネットとデジモノ
鶴見線界隈(11)
[RICOH GR Digital]
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by hatano_naoki | 2009-01-24 20:42 | 写真日記
鶴見線界隈(10)
[RICOH GR Digital]
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by hatano_naoki | 2009-01-23 22:01 | 写真日記
ガンになったら
asahi.comのこの記事に、ガン患者と医師との意識のずれとでもいうべき調査結果がある。
(東大病院の放射線科外来を受診中の患者450人と東大病院でがん診療にかかわる医師155人、看護師470人に加え、無作為に抽出した東京都に住む市民千人(20~79歳)を対象に、「望ましい死のあり方」について尋ねた。)
要約すると、「最後まで闘うこと」は、81%の患者が必要と答えたのに対し、医師は19%。一般市民は66%、看護師は30%。「やるだけの治療はしたと思えること」については92%の患者は必要と答えたが、医師は51%。「容姿がいままでと変わらないこと」は、必要としたのは患者70%に対し、医師は29%。「残された時間を知っておくこと」は、医療者は89%が必要と回答したのに対し、患者は69%。「先々何が起こるかをあらかじめ知っておくこと」では79%の医師が必要とし、患者では63%。

がんで死ぬというのはいまや誰にもその可能性のある死に方だから、当然わたしにも少なからず可能性があるわけだ。
がんによる死についてもっとも関心があるのは、死そのものよりも死への過程である。がんによる死は、多くの場合、あっという間にやってくるのではなく、ひたひたと迫ってくる。 患者は死の足音を聞きながら生きていく。もちろん、われわれは一人残らず死に至る病にかかった病人であるわけだが、がんに罹れば死への距離がはるかに測定しやすくなる。一年、半年、三ヶ月。その宣告がどれほど過酷であるか、まだ(おそらく)がんにかかっていないわたしには想像することもできないが、誤解を恐れずにいうなら、がんにかからずともそう遠くない未来に自分が死ぬのは確実だという事実のほうがおそろしいと感じている。
繰り返すが、関心事は死への過程だ。アンケート結果と関連付けていえば、わたしは最後まで闘おうとは思わない。闘っても勝てる相手ではないからだ。可能なら一切の治療をしたくない。すると治療するよりも死は早まるだろうが、がんが体を満たしていくのもまた自分の生の一部であり、生命の摂理であるように思う。
死ぬまでに残された時間のうち、自分が自由に使えるのはその一部に過ぎない。病気が悪化すればなにもできなくなる。だから残された時間を知っておくことは、おそろしくはあるが、大変に重要なことだ。だからできるだけ正確に残された時間を知っておきたい。その時間をどう使うかといえば、人間が死ぬまでに片付けておかなければならない雑事をこなすだろうし、ようするに何気ない日常をなるべく長く続けようとするだろう。
ただし末期症状の痛みに苛まれながら生きていくことはとてもこわい。できることなら痛みを感じずに死んでいきたい。これが唯一の願いだ。さて、実際にはわたしはどんなふうに死んでいくのか?
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by hatano_naoki | 2009-01-21 16:33 | 遺書
マイクロUSBメモリ
d0059961_124814100.jpgバッファローコクヨサプライという会社から出ているmicroSDカードリーダーとUSBメモリーアダプターを兼ねた製品(型番はBSCRMSDCシリーズ)を買ってみた。
先のアーティクルで書いたマイクロUSBメモリと同系列の製品だが、こちらはアダプターのみでmicroSDは自分で調達する。あまっていた4GBのmicroSDHCを装着してみたが、挿入部分のすきまを利用するというギミックがクールであり、デバイスとしてのデザインも使い勝手もなかなかいい。小さすぎるのでなくしやすいから、短いUSB延長ケーブルに挿して持ち歩いている。
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by hatano_naoki | 2009-01-21 12:48 | ネットとデジモノ
鶴見線界隈(9)
[RICOH GR Digital]
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by hatano_naoki | 2009-01-20 22:18 | 写真日記