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書籍版『沖縄勉強ノート』(仮題)を書く(4)
不安と衝動。
うまく書けないという不安と書くことが生まれ出るときの衝動が不安定な均衡を保っている。これはまあいい状態だ。この不安定さがここ何年も衰退していた。居所のない感覚、奈落の不安。創造の神様は近くにいるのだろうか。
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by hatano_naoki | 2009-05-31 21:09 | 日日
Ubuntuその後
EeePC901-XをUbuntuとWindowsXPのデュアルブートに、おなじく4G-XをUbuntuマシンにして使っている。ここのところWindowsを起動することはほとんどなくなった。Windowsが不要だとは思わないが今はこの新しい環境を新しい街に住むような感じで楽しんでいる。
ごくふつうにインターネットを見たりメールを読んだり、ネットラジオを聴いたり文章を書いたりというような使い方をしているかぎり別にWinowsでもUbuntuでもいいし、Windowsがどうにもダメな環境だということもなく、ネットブックでWindowsの軽量化などをしていると再評価というか、ちょっと見直したりもしているのは事実だが、いかんせん飽き飽きしている。
Ubuntuは自分にとって新しい環境だというのが大きい。見聞がすべて新しく珍しい。まだしくみがわかっているわけでもなく表面をなでているに過ぎないが、それでも十分な満足感が得られている。おそらくこのまましばらくの間、日常的にはUbuntu中心で必要に応じてWindowsも使うというようなスタイルになっていくだろう。最終的にWindowsを捨てることにはおそらくならない。保険の意味でもWindowsマシンは必要だろうし、Windowsでしかできないこと、Windowsのほうがやりやすいこともあるだろう。しかし関心は完全にUbuntuのほうに移ってしまった。
個人的な感覚としては、これからこのOSはそうとうに、主にネットブックとの組み合わせで普及していくだろうと思う。資源と性能のバランスがいい。Ubuntuはずいぶんシロウト向きで、Windowsと比べてむずかしいということはないから、ちょっと火がつけばテレビが取り上げてもてはやし、そこからブームになり社会現象になって無数の解説本が現れ、Ubuntuマシンがどんどん発売されてその後は一挙に広がるのではないか?
おおげさな言い方だが、OSの呪縛みたいなものから解放される感覚はなかなか愉快だ。AndroidでもMoblinでもなんでもこいみたいな感じ。
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by hatano_naoki | 2009-05-31 07:37 | ネットとデジモノ
終息?
もはや誰も新型インフルエンザの怖さを語らなくなった。東京でマスクを見ることはまれだ。神戸は大丈夫ですよ宣言みたいなものを出した。報道は関心を失ったようだ。あれは結局たいしたものじゃなかったんだという空気。このままフェードアウトしていき、半月前の水色の防護服はなんだったのか、体制はどうだったのか、回顧と反省と総括はさぼったままで次の発生期(たぶんこの冬だといわれている)まで忘れているのだろう。
強毒性の新型にどう対処するのかという一種の社会実験であり避難訓練だったと理解すれば一定の効果はあった。本番は大変なことになりそうだ。
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by hatano_naoki | 2009-05-31 07:12 | 日日
Moblinを試す
d0059961_92627100.jpgMoblinを試してみた。Moblin V2 Core Alpha2というバージョン(最近ベータも登場したようだが)のimgファイルからライブUSBを作成し、EeePC901-Xで起動。まだアルファ版であり、ほんの少しだけ外観を見て触ったにすぎないが、いずれにしても初見のOSというのはなかなか楽しい。それにしてもCDいらずでUSBから次つぎにいろいろなOSを起動できるのは実に簡単で便利だ。
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by hatano_naoki | 2009-05-26 09:26 | ネットとデジモノ
感染拡大
国内での感染が急拡大しはじめた。
発見された範囲では神戸の高校ではじまり、大阪でも感染が確認されている。数は数時間ごとに増えているので正確なところはわからないがさっきの時点で79人。おそらく東京都内にも相当数の感染者がすでに存在していて、あすあさってと次々に発症していくのだろう。
またもマスクの時代がやってきた。
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by hatano_naoki | 2009-05-17 23:19 | 日日
シャッター
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by hatano_naoki | 2009-05-17 17:52 | 写真日記
ビル外壁
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by hatano_naoki | 2009-05-11 12:35 | 写真日記
吉祥寺徘徊
久しぶりの吉祥寺。
この街の近所に住んでいたことがあり、その頃は井の頭線に乗れば5分もかからなかったから頻繁にきていた。それはほんの数年だったが、今から考えるとなかなか楽しい日々だったような気もする。だからこの街には悪い記憶はなく、ときどき行きたいと思うことがあるけれど、今でも行くのにほんの30分しかかからないのにわざわざ行く動機が見つからなかったので、おそらく何年かぶりに、もしかすると10年ぶりくらいに、ほんの気まぐれで吉祥寺駅に降り立った。
休日の雑踏はそうとうなものがあったが、それにもかかわらずゆるい雰囲気は昔とかわっていない気がした。新宿や池袋などとはぜんぜん違うのんびりとした空気はなぜだろう。街を歩くとちょっとした階段とかにも座り込んでいるひとたちがいる。空間の緊張と弛緩というのはどういう要因からできあがっているのだろうか?夏を思わせる強い日差しの下、セブンイレブンで買ったビールを路上のベンチで飲みながら、ちょっとゆったりしていい気分だ。生きる喜びみたいなもの…。この街に住みたいと唐突に思った。
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by hatano_naoki | 2009-05-10 23:42 | 日日
小さな金属製のツールの・・・
[RICOH GR Digital]
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by hatano_naoki | 2009-05-10 21:07 | 写真日記
ネットブックと個人的PC遍歴に関するメモ
ネットブックというPCの新しいカテゴリについて知ったのは2007年の暮れあたり、ASUSTekのEeePCについてのニュースによってだったと思う。そのときどういう印象を持はったかは忘れてしまったけれども、一種のキワモノだと感じていた気がしないでもない。だいたいEeePCというネーミングがいかがわしいではないか。
ところがこのカテゴリの製品が次々と登場し、着々と市場シェアを拡大していくのを見ているうちにこれはたいへんなことが起きかけているのだとようやく気がついた。
店頭に並んだネットブックをあれこれ眺めたり触ったりした末に娘の卒論作成のためにEeePC901-Xを買った。画面は8.9インチしかなく、しかもXGAに満たないULCPC規格だったがちょっとした文章を書く程度ならば十分だろうと思った。
しかし問題はCドライブの少なさにあって、わずか4GBのSSDに設定されたCドライブはほぼWindowsOSに占められており、WindowsUpdateをかければ空きはすぐになくなってしまう。これでは使いものにならない。
ところがPCの世界には知恵者がいて、4GBのSSDでWindowsを快適に使うノウハウが編み出されているのだった。そういう情報はインターネット上で探せばすぐに見つかる。具体的には普通に使うならば要らないようなサービスを止め、ファイルを削除する。サービスを止めればCPUの負荷は下がり、不要なファイルを削除すればストレージに空きができる。こうして先人の知恵のおかげでEeePC901-Xは稼働しはじめた。
それからしばらくして格安のEeePC4G-Xを手に入れた。このマシンは実は一番気になっていたネットブックだった。コストを下げるためにカーナビ用の7インチ液晶パネルを使った結果、SVGAにも満たない800×480というケイタイ並みの狭くて小さな画面を持つチープなプラスティック筐体のPCだが、店頭で何度も触ってみて魅力を感じていたのも事実だ。
実際の購入動機は発売時の4分の1という信じられない安さだった。発売時点の価格はいくら安いとはいっても5万円近かった。20万円もする日本製ノートPCに比べれば破壊的価格だったにせよ、性能面でもそれなりであり、使いにくそうだった。しかし値段が安ければ話は別だ。
それからはネットで探し出したさまざまなノウハウをつぎ込んでチューンアップした。基本的には901-Xで経験したことばかりだから手順は理解しており、むずかしくはなかった。小さく軽くチープなPCにはそれまでに感じたことのない愉悦のようなものがあり、それが自分でも不思議だった。古のAppleII以来何台のPCを買ったか忘れてしまうほどだが、それらの中でも特異な魅力があった。メモリもハードディスクも信じられないほど安くなり、望めばいくらでも手に入る時代にあって、狭い液晶画面と小さなストレージしか持たないことが逆に魅力に映るのだ。
この小さなPCには驚くべき学習効果があった。これまでWindows環境がずっと嫌いだった。Windows3.1以来、Windowsを快適で楽しいと思ったことはない。必要だからいやいや使っていたに過ぎない。理由はいくつもあるが、大きくて鈍重だという印象は昔からあった。どんどん大きく重くなり、高速のCPUと大きなストレージを際限もなく要求してくるがその割に便利にも楽しくもならない。ところが制約の多いネットブックではWindowsそのものを小さく軽くすることが必須の条件で、それを実行してみるとWindows(XP)も捨てたものじゃないなと思えてくる。思いのほか軽くなり、簡素になり、これで十分だと思えてくる。
SSDストレージはときどき回るファンの音以外は無音であり、思考を妨げない。小さなSSDには少しのデータしか置いておけないが、では私にとっていつも持ってあるくほど大切なデータってあるのだろうか?結論はNOだ。個人的にもっとも大事なデータはたぶんこれまで書いてきた文章のデータだが、それらは全部合わせてもせいぜい数メガというところだろう。カンボジアで撮ってきた遺跡の写真も大事といえば大事だが、せいぜい十数GBかそれくらいであり、USBメモリに楽に入る。それ以外のデータはすべて捨ててしまってかまわない。
こういう考え方はたぶん私の年齢とPCやネットとの長い付き合いというふたつの要因からきている。自分がいつ死ぬかはわからないけれどもそれほど長く生きられるわけでもない。多くの人間と同じく、モノがだんだん要らなくなってきている。もう四半世紀のあいだPCと付き合ってきて、永遠だが一方で失われやすいというデジタルデータの性質をよく(経験的に)理解しているつもりだ。死ぬときにデータを持っていくことはできない。残しておいて私が死んだあとも誰かの役に立つデータ以外はなにもいらないと考えるようになった。こういう思考、感覚はネットブックにうまく適合したようだ。
ネットブックはあらゆる意味でチープだが、一般的なユーザーがPCに期待する機能性能を実現している。必要十分なのだ。それを最小の資源で実現し、コストの極小化=価格の極小化を実現している。今の時代にあって大変に正しい考え方だ。使いもしない機能性能を高価格で提供する考え方はここにきて破綻しかけている。もちろんそういう機械を必要とするユーザーもいるだろうが、大多数はPCでインターネットしてメールを読み書きし、YouTubeを見てiTunesでiPodとリンクするくらいしかしていない。たいしたことをするわけではないのに高くて高性能の機械しかなかった時代が終わりを告げた。

私にとって最初のPCはAppleIIだった。Applleの製品コンセプトが好きで実際にかなり長いあいだMacユーザーだったが、実際に深く関わったのは専用ワープロという製品カテゴリーだった。このカテゴリーの製品は今は滅びてしまったけれどもある時期には店頭を埋めるほどの製品があったものだ。その中でも主に企業で使われていた大型の専用ワードプロセッサを私は愛用していた。A4タテが表示できるポートレートディスプレイ付きのOASYS300Aという富士通製のビジネス機で、定価は300万円ほどもした。私はそれの中古を買ったのだが、それでも80万円くらいはした。そういえばAppleIIは本体だけで40万円近くした。昔はPCはとても高価な買い物だったのだ。
ほぼ完璧な日本語文の作成能力と広大な画面を持つこのワープロ専用機で私はパソコン通信をやり、最初の本を書き、MS-DOSやCP-Mを走らせた。
その後ワープロ専用機は凋落し、パソコンの時代になった。Macと専用ワープロを併用していた私は結局のところ仕事に使わざるをえないという理由でWindowsを使い始めた。私にとって長い不幸の時代が始まったのだ。

ただの安いPCだとしか思っていなかったネットブックが実は知的で豊かなPCだったことを理解していくにつれてPCとの付き合い方は決定的に変化しそうな雰囲気だ。そうした変化と前後して私の中でもうひとつの変化がはじまった。Windowsとの訣別である。
Linuxの派生ディストリビューションはたくさんあるが、その中でも数年前から気になっていたのはubuntuである。しかし自分にLinuxを使いこなす能力はないと思っていた。ところがネットブックと付き合うようになるとLinuxの世界もまた近づいてきたようなのだ。Linuxとネットブックになんらかの関連があるかどうかはわからないけれども、すくなくとも私の中ではある相乗があった。ネットブックが省資源と低コストを指向するとき、無償で軽いOSであるLinux系のOSが採用されるのは必然といえるかもしれないが、問題は完成度でありシロウトにも使えるかどうかだ。ubuntuはなかなかの完成度であり、Linuxをよく知らないユーザーにもとっつきやすそうだったので試してみた。
結果はまったくのオッケーだった。それどころか、Windowsマシンを1台は持っている必要があるにしても、日常的な利用ではubuntuでいくことを決断させるほどのインパクトがあったのだ。
まずEeePC4G-Xでubuntu8.04のライブCDを試した。次にubuntu9.04のnetbook remixをインストールした。これですっかりはまってしまった。それから調子に乗ってeeePC901-Xにeeeubuntu9.04(個人がカスタマイズしたいわばeeepc remix版)をインストールしてWindowsXPとのデュアルブート環境を作った。
ubuntuは結局のところLinuxとしてはとても軽いというわけではないようだが、それでも軽いのは間違いなく、思想がWindowsとは違い(Windowsに思想があるかどうかは別として)、その違いが刺激的だ。新しい社会、新しい思想との遭遇のおもしろさが確かにある。ubuntuというプロジェクトに思想的バックボーンと持続的な活力があることが伝わってくるし、その活力はユーザーをも勇気づける。
ソフトウェアの裾野はおそらくWindowsのほうが広いが、普通のユーザーが使うソフトは限られているわけで、その意味では無償で良質なソフトウェアが最初からインストールして提供されるubuntuのソフトウェア環境はむしろ十分すぎるという印象だ。
そんなわけで、個人的にはWindowsに対する関心が極端に低くなっている。
ubuntuを使い始めたのも結局はネットブックがあったからで、細かい話になるがUSBメモリからのインストールが簡単にできるという環境面も大きい。ubuntuOSを入れたUSBメモリを差し替えて次々と別の環境を起動するなどということが簡単にできる。PCにはもともとたいしたデータは入れていないし、それもUSBメモリなどにバックアップしてあるから、OSがこわれても再インストールすればいいという気楽さだ。
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by hatano_naoki | 2009-05-10 19:33 | ネットとデジモノ