LOMO風(4)
[iPod touch 4g]
d0059961_1927655.jpg
[PR]
# by hatano_naoki | 2011-06-23 19:27 | 写真日記
LOMO風(3)
[iPod touch 4g]
d0059961_1925447.jpg
[PR]
# by hatano_naoki | 2011-06-23 19:25 | 写真日記
LOMO風(2)
[iPod touch 4g]
d0059961_744222.jpg
[PR]
# by hatano_naoki | 2011-06-23 07:04 | 写真日記
LOMO風(1)
[iPod touch 4g]
d0059961_732271.jpg
[PR]
# by hatano_naoki | 2011-06-23 07:03 | 写真日記
ブログ記事「チェルノブイリ!」その後
2009年の夏を境に、このブログに書くことがすくなくなっていた。つまり丸二年、書く意欲がうすらいでいたということだろうか。そんな荒廃したブログに来るひとなどいないだろうと思っていたのだが、ふと思い立ってここ数カ月間のアクセス状況を調べてみた。するとおどろいたことに3月に何万という数のアクセスが記録されている。3月12日に起きた爆発的なアクセスはそれから一週間ほどもつづき、その後はゆるやかに減少していた。
これらのアクセスのほとんど全部がGoogle検索からやってきたもので、検索のキーワードはチェルノブイリだった。
これらの検索のゴールはこの記事。わたしが2006年にこのブログに書いたみじかい記事を、世界中から読みにきたひとたちがいたのだ(実際、検索元のGoogleの国籍はすさまじく多かった)。
これはすなわちフクシマの残響といっていいだろう。

5年前にこの記事を書いたとき、わたしの頭の中には「世界のなかで行くべき場所」というイメージが育っていた。行きたい場所ではなくて、わたしたちが行かなければならない場所。いわば現代に生きる人間として旅立つべき巡礼の場所。そういう場所とはどこかと思いめぐらすとき、チェルノブイリはそのなかのひとつだった。しかしチェルノブイリは遠い。その後のわたしはチェルノブイリに旅立ってはいなかった。
そしていまやフクシマは世界のひとびとにとってチェルノブイリと等価の巡礼地となりつつあるのではないだろうか。

当時、こんな反応もあった
[PR]
# by hatano_naoki | 2011-06-21 14:51 | 日日
天井
[RICOH GR Digital]
d0059961_1950183.jpg
[PR]
# by hatano_naoki | 2011-06-16 19:43 | 写真日記
スリランガムのこと
d0059961_9264060.jpgカンボジアにあって世界的に有名なアンコールの遺跡群をくりかえし訪れるうちに浮かんできた疑問のひとつは、アンコールが栄えていた当時の町の姿、寺院の姿はどんなだったのかということだった。
たとえばアンコールトムは広大な都城の遺跡だが、その内部は現在はほとんどが森になっている。ではこの都城が建設され、都として機能していた頃は、その内部はどのような景観だったのだろうか。
アンコールに残されている遺跡の多くはヒンドゥー教の寺院だったとかんがえられているが(仏教寺院もあるし寺院以外の機能を持つ遺跡ももちろんある)、その真の機能については決定的な知見はえられていないようだ。寺院だということになっている遺跡であっても、単に寺院だったのかという疑問がわたしは消えていない。

インド南部の都市ティルチラパーリには有名な観光名所がいくつかあって、この地方でよく見かけるなめらかな露岩の小山の上に築かれたロックフォートがよく知られてるが、スリランガムもよく知られていて観光の対象になっている。
スリランガムはとはなにかというと、基本的には寺院だと思う。と思うと書いたのは、寺院であると同時に都市の様相もみせているからだ。
寺院の中心に周壁に囲まれた長方形の区画がある。この周壁が第一の周壁だ。ここはスリランガムの核心であり、もっとも神聖な空間がひろがっているはずだ。わたしはこの区画に入ったことはない。ヒンドゥー教徒しか入ることはできないからだ。
(実は別の寺院のそうした聖なる空間のひとつにわたしは入ったことがある。カンチープラムという町のヒンドゥー寺院でのことだった。町で知り合ってあちこち案内してくれていた青年が、一緒に入っていいよといったのだ。わたしはアジア人で白人ほどには違和感がなく、日本人は仏教徒だということになっており、異教徒に対する拒絶の程度はそのときどきで、そこにいるひとびとの関係や彼らの寛容に依存するから、そのときのわたしは幸運だったことになる。寺院の中に入ってからもわたしのほうはいくらか緊張していたが、周囲のひとびとから指弾されることもなかった。)
核心部を幾重にも長方形の周壁が取り巻いている。周壁は全部で七重になっている。周壁の高さがどれくらいだったかは忘れているが、数メートル程度というところで、おどろくほどの厚さがあるわけでもなかったと思う。
周壁と周壁のあいだの距離は数十メートルあるいはそれ以上だっただろうか。核心部からは四方に通路が伸び、それらが周壁をつぎつぎに貫通して外部にまで伸びている。全体の広さは約1平方マイルだというから敷地の面積としてはアンコール遺跡でもっとも有名なアンコールワットよりいくらか小さいことになる。
ところでスリランガムで興味深いのは、長方形の複数の周壁を持つことのほかに周壁と周壁のあいだを民家が埋めていることだ。隙間なしにといっていいくらいぎっしりと民家が建っている。
最外周の周壁のそとがわからは、そこが寺院に見えるが、入ってみるとたくさんのひとが住んでいる。そこはあきらかに町の様相を呈している。
これはいったいどういうことだろうか。寺院なのか町なのか、あるいはその両方なのか。
周壁は7つあるらしい。7重の周壁を持つ寺院、7重の周壁を持つ町というわけだ。
スリランガムに最初に行ったのはずいぶん昔のことだが、アンコールの遺跡の往時のすがたについてかんがえていたとき、この寺院のような都市のような存在を思い出したのだ。
アンコール遺跡の昔のすがたを、現在のスリランガムが暗示しているのではないかとちらっと思った。
アンコールの寺院遺跡には周壁があるのが一般的だ。構造的にはアンコールの遺跡とスリランガムは似ている。アンコール遺跡の周壁と周壁のあいだの空間はいまはなにもないがスリランガムではそこにひとと家が満ちている。
スリランガムが当初から現在のような寺院であって都市であるようなすがたであったのかどうかはわたしにはわからない。寺院の内部の周壁のあいだにあとからひとびとが勝手に家を建てたのかもしれない。
アンコールワットについては、この建物がなんであるのか、その機能について結論は出ていなかったと思う。
アンコールワットという名前はあとになって呼び習わされるようになったものだが、アンコールは町あるいは都市を、ワットは寺院を意味するわけで、一般には「都市になった寺院」とか「都市である寺院」とか訳されているのをみる。しかしこれではなんのことかよくわからないと思っていた。ところがスリランガムを思い浮かべてみると、寺院が建設されたあとで周壁のあいだにひとびとがすみはじめたにせよ、最初から寺院の機能と都市の機能を併せ持った建造物としてデザインされたにせよ、アンコールのいまは遺跡となった建築物がひとびとで満ちていたという妄想が生まれてくる。
もちろんこれは専門的な知識に欠けた人間の恣意的な想像にすぎないし、最新の研究成果をフォローいているわけでもないので、たいした根拠はない。
(写真:スリランガムの中心部。Google earthより)
[PR]
# by hatano_naoki | 2011-06-15 07:54 | カンボジア
大地震のあとで
ここのところ、すっきりしない、はっきりしない、わだかまったあいまいなかんじが抜けない。運命のモラトリアムにいるようなかんじ。圧迫された肉体の感覚、破綻の上に浮かんでいる借り物の一時的な安定という意識。そういう気分が基調低音になっていて、なにをしていてもちいさく鳴っている。
大地震から3ヶ月が経って東京の日常はすっかり日常らしくなったけれど、あきらかに以前とはちがう。それは外部的な要素ももちろんあるが、内部の意識に顕著だ。
根底には大津波の間接的な体験と、わたしの住む東京の北北東200キロメートルにある傷ついた原発群のことがないまぜになっている。
東京では原発の恐怖は抽象的だ。まあ普通に暮らし、過剰な恐怖心を持つ必要はないということだろう。しかしいまだにからだのどこかが身構えている。いつどの瞬間にも駆け出せるような身構え方。
わたしの妄想によれば、傷ついた原発の内部で燃える原子の火は抑え込まれていないだけでなく、悪魔的な威力を行使する瞬間を狙っている。つまりその瞬間がくる可能性がある。事態がいまよりも悪くなるということだ。チェルノブイリほどじゃないと思っていたのがひっくりかえされる。おそろしい原子の火で電気を作ろうなどというかんがえがあさはかだったのだと真剣にかんがえる。
これらの原発群が沈静化し、完全に姿を消すまでにはおそろしく手間のかかる面倒な作業の連続である10年もの時間が必要だとマスコミはいっている。原発は安くも安全でもなく、それどころかおそろしく手を焼かせる厄介者であることが事実によって証明された。今後10年は原発の軛(くびき)から逃げることはできない、覚悟しなければならないとわたしの中の誰かがつぶやいている。
地震が起きてからずっと、原発でなにが起きているのか、それがどれほど危険なのかがあいまいにされたままで時間ばかりが経ち、そのあいだに不誠実で稚拙な情報の開示がつづいた結果、こんどの原発事故の状況についてはほとんどだれも楽観的な予測をしなくなっているにちがいない。事態は発表よりも必ず深刻だった。
たとえばこれらの原発がいわゆるメルトダウンの状態にあることが公表されたのは事故の発生から2ヶ月半も経ってからだった。
そういう中でわたしがいくらか信頼できそうだと思っていたのは外からくる情報だった。それはたとえば欧米の研究機関の見たてであり、海外メディアの論調から見えてくる原発の状況である。放射性物質の拡散状況ははやい段階で海外の機関によってシュミレートされ、図として示されていた。おなじことが日本にできなかったはずはないが、それが公式発表として示されることはなかった。
こういう状況がつづくといわゆる専門家のいうこともあまり信用できなくなってくる。原子炉の設計と運用の根底にある思考が原子の火のおそろしさに比べて軽すぎたんじゃないのかといううたがいが消えないどころか大きくなっていく。
どうかんがえても原子力による発電というアイデアそのものが破綻した。そのことは本当はチェルノブイリのときに世界の共通認識になるべきだったけれど、少なくとも日本はウクライナから遠すぎ、チェルノブイリの災厄は日本の災厄とはかんがえられなかった。
しかしもう無理だろう。すくなくとも日本では原子力による発電をつづけていくことはできず、どういう道筋で撤退するかが唯一の関心事になっていく。一方で世界の現実はおおいに違っており、先進諸国が脱原発を目指したとしても、膨張するエネルギー消費に応えるために原発に舵を切る東南アジアの国々のような立場もあるわけで、結局世界の原発は増えていくにちがいない。いわば貧者のエネルギーとしての原子力発電。そうなると原発ビジネスは武器商人のイメージとだぶってくる。その結果、核爆弾のように原子力発電も拡散していくから、日本が脱原発でクリーンになったとしてもよその国の原発事故にいつまでも戦々恐々としていなければならない。
歴史的には福島原発はヒロシマのように身をもって原子力に内在する危険と災いの実相を示したというふうに記録されるのだろうが、それにもかかわらず原発のない世界もまた絵空事で終わりそうだと憂鬱なわたしは思う。

*

地震が起きたときは東京の都心のビルの5階にいたが、相当な振幅で、かつ長い時間にわたってゆれた。ビルが倒壊するかもしれないと思えるような揺れだったが幸運にも倒れることはなかった。30分後、電車は止まっていたので家に向かってあるきはじめた。携帯はまったくつながらず、メールだけが長い時間をかけてようやく届いていた。
2時間ほど歩いて自宅にもどると、家は見たところこわれずに立っていた。ただし台所の食器がかなり落ちて床がガラスの破片だらけになっていた。その夜から週末の2日間を家にこもって東北を襲った大津波の映像を見つづけることになった。テレビで津波とその被害の映像を無限ループのように見つづけるうち、一種の間接的なPTSDとでもいうべき精神状態が生まれそうだった。

初期の被災地のヘリからの空撮は少し経つと地上からの映像に変わり、生き残ったひとびとの証言が増えていった。報道内容のこういう変化は阪神淡路大震災のときにも経験したことで、個人的には阪神淡路大震災といろいろな局面で比較していた。
ところが阪神淡路大震災とはまったくちがう状況があらわれた。原発である。福島第一原発の状況がひんぱんに伝えられるようになり、その深刻さがわかってくるとつぎに思い出したのはチェルノブイリだった。以前、チェルノブイリについて調べたことがあって、その事故のひどさが深いところにこびりついていた。東京からの脱出というイメージが脳裏をいききした。
日々の報道も自分の意識も大津波と原発の危機でいっぱいになり、原発の生み出した危機の進行を自分なりに判断して行動する(あるいは行動しない)日々がつづいた。津波の被害の様相がしだいにはっきりしていく一方で原発でなにが起きているのかはよくわからないのだった。

あの大津波は将来は伝説となるにちがいないほどの天変地異の一種で、それもめったに出会わないくらいの大きな災禍だったが、東京にいたわたしは被災地と原発のサイトから伸びる長い影の下にいたにすぎない。地震直後には東京にも危機の予感が漂ったが、その次に破滅がきたわけでもない。しかしくる日もくる日もテレビで津波の映像を見つづけたわたしはそれらが間接的であることによって傷ついたような気がする。
一方で原発の災禍は直接的に東京に及ぶかもしれず、そうなれば東京はチェルノブイリのときのキエフになるかもしれなかったから緊張が張りつめていた。まちを歩いているとそこにはきのうの日常はなく、いつくるかわからない破滅を待ち受ける瞬間が連続してあらわれていた。
傷ついた原発はいわば緩慢な死の表象だ。いつ飛びかかってくるかわからない獰猛な生きものの群れに遠巻きにされていて、その状態で何日も何週間もすぎていくような気分。あいまいな危機が日常化するのをただ傍観していて、なんの積極的な行動もとれないというジレンマあるいは自棄。東京は目前の危機に接しているわけではないから危機も不安も抽象的であり、手のなかで時間をかけていじったりいろいろな方向から眺めたりすることができた。綱渡り的状況であってもそれがつづけば人間はしだいに慣れてくるもので、余震に慣れたように原発の危うさにもしだいに慣れていった。

この大津波と原発の危機がわたしにどのような影響を与えたかについては、状況が現在も進行しているのでいわば途中経過だが、なにか大きくて重くて本質的な問いを背負ってしまったようにかんじられる。そしてまた、大津波とその後の原発の危機的状況によって、これまで世の中にあっておおきな顔をしていたくだらないもののあれこれがそのくだらなさを露呈したし、自分の行動や思考もおなじように検査されたというふうにかんじる。まがいもののメッキがはがれ、要らないもののひとつひとつにこれは要らないというフラグが立つ。人間の生活のそうとうな部分は無意味で不要な要素から成り立っているが、それらがくっきりと色分けされる。無事に生きていることが一種の奇跡だったということがようやくわかってくる。人間というものは結局、これほどの惨禍を通過しないと学習しない生きものだということが再確認される。
直接にはおおきな被害がなかった東京だが、目に見えない不安がいまだにうすいベールのように都市全体をつつんでいるようにかんじられる。都市が心理的な外傷を受けた。もちろんそれはわたし個人の心象にすぎないのだろうし、多くのひとが共有しているかどうかはわからないけれども、すくなくともわたし個人の日常意識は3月11日以前とはちがっている。ではどう違うのかということをかんがえると、自省、内省、沈潜、自閉というような単語が浮かんでくる。大地震が起きて以来、心底おもしろかったりくつろげたり安心したりしたことがない。そして最近の心理状態でこれはやばいなとかんじるのは、さまざまなものごとに興味をかんじられなくなっているようなのだ。毎日は基本的に憂鬱であり、行き止まりであり、出口が見つからない。日本人の最近の生活行動の傾向は外出が減り、家ですごす時間が増えているということらしいが、これは思考の傾向にもあてはまるだろう。自分についていえば、消費が楽しくない。無駄と浪費が疎ましい。浪費やぜいたくは悪であるという意識もある。その背景には、社会そのものがサバイバーズギルトに苦しんでいるということがあるかもしれない。
思い返してみると、いまの社会の繁栄は所詮、砂上の楼閣にすぎないと思いながら何十年も生きてきた。なにも起きないことが前提の丸腰の社会を容認する意識が戦後の日本をおおっているという嫌悪感、そのことに対する不適合の感覚がずっとあった。こういう意識にとっては地震のあとの社会状況にもそこに生きる自分の自画像にも違和感はない。

ところで、これはごく個人的なことだが、ここ半年以上文章らしい文章を書いてこなかった。自分の中で文章を書く行為そのものが失われかかっていて、焦燥をかんじながら抜け出すことができなかった。書きたいと思っても手が動き出さなかった。もっともそれほど偉そうに言う資格はもともとわたしにはなくて、これまでもながい時間をかけて本当にわずかな表現をようやく搾り出してきたにすぎない。きわめて生産性が低かったわけで、いったいなにをしていたんだという文句のひとつも言ってやりたいところだ。それでもすこしまた書きたいという気分がしてきている。
[PR]
# by hatano_naoki | 2011-06-11 08:04 | 日日
新宿西口高層ビル街区
昼すこし前に用事がすんだので新宿西口の高層ビル街区にある三井ビル地下1階のスタバに寄ってみた。
店は広くはない。照明を落としているので店内は暗く、そのために明かりの具合がなかなかいい。午前中の雨があがってそとは結構光がまわってきており、半地下のような広場に面した白いコンクリートの壁面が暗い店内に光を送り込んでいる。開口部の広い洞窟に似ていると思い、この空間がすこし気に入った。
こういう印象を受けるのは大地震に起因する節電のためだ。大地震の影。
震災後、公共的な空間で照明がすすみ」、東京のあちこちがうす暗い。地震は都会に暗がりを作り出したが、はじめは違和感をかんじたもののすぐに慣れた。いままでが明るすぎたのだ。
高層ビル街区の地下という立地からは当然だが客は勤め人が多いようであり、打ち合わせなのか大きな声で話し合っている白人のグループがいて、そのほかの日本人の客はみなおとなしく本を読んだりスマートフォンをのぞいたりしている対照がおもしろい。
この店が面している広場ではずっと昔、芸能山城組のケチャの公演を見たことがあった。たぶんビルができてからそれほど経っていない頃だ。それ以外にもこの空間はわたしにとって自分の人生の交差点みたいな使われ方をしたことがある。どれもこれも昔のことで、そのあいだに広場を囲む店も変わってしまい、高層ビル街区そのものもずいぶん歴史を刻んできて、街路樹が大きく育ち、その間に落ち着いた場所になっている。
[PR]
# by hatano_naoki | 2011-06-04 11:59 | 日日
一枚の写真
最近印象に残った一枚の写真のことを書きとめておきたい。
それが撮影されたのは2011年3月11日、場所は南三陸町の防災対策庁舎屋上。あの大地震の引き起こした津波がしだいに盛り上がって3階建のビルの屋上にいる撮影者とおなじ高さになり、ついには撮影者を押し流そうとする瞬間をとらえている。波頭は勢いよく屋上の手すりを乗り越え、いまや屋上の全体が波の下に隠れようとしている。
写真は足下ちかくからはるか遠景までをとらえているが、見渡すかぎり一面が水。このとき、建物のある地域の全体が3階建のビルよりも高い津波の下にあった。
撮影者はこういう状況に実際に出会い、そこにいて津波の来る方向にカメラのレンズを向け、やってくる津波をとらえるためにシャッターボタンを押しつづけていた。
写真をみながらことばを失い、すこしの時間だが息を詰めていたことに気がつく。何度もため息をつき、しかし写真をみつめることしかできない。胸の奥がかたい。

スマトラ沖地震のとき、津波の映像はいくらか見たけれども、個人的には津波の恐怖をかんじさせるほどの映像は見たおぼえがない。この災害では20万人以上が死んだが残された映像記録は少ないらしく、津波で集落が流されたあとの様子から津波そのもののありさまを理解するには想像力が不足していた。
それ以前には、秋田のどこかの海岸で撮られたものだったと思うけれども、津波が押し寄せる様子を見たことがある。海の一部が白い波をともなって持ち上がっていたような記憶があるがはっきりしない。それが津波だといわれても正直いってぴんとこなかった。
今度の地震では大津波のありさまが写真や動画で(そのうちの相当数は携帯のカメラで)記録された。巨大津波の記録映像がこれほど多量に一般のひとびとによって残されたのは歴史上例がないはずだ。
そしていまやわれわれは大きな津波とはどんな存在なのか、どのような大きさでどのように動き、それが引いて行ったあとにどのような風景が現れるのかをていねいに学習する何百年の一度の機会に否応なしに遭遇することになった。
それまで津波の姿はみたことがなかったといっていい。
津波とは「持ち上がった海」であって、それがきわめて長い波長を持つ波となってすごいはやさで進んでくる。陸地が近づいて水深が浅くなると速度が落ちる一方で波頭は急に高くなり、陸地に押しよせる。
そういう図式的な理解はしていたものの、奥尻島を襲った津波では谷筋を海抜30メートルほどのところまで駆け上がったといわれてもその具体的な映像を思い描くのはむずかしかったし、この津波が深夜だったこともあって映像記録を見たおぼえはない。つまり大津波とは具体的にはどういうものか、よくわかっていなかった。
大きな津波がくる可能性にどれほどの恐怖心と警戒心を配分すればいいのかについても真剣にかんがえていたわけではない。海岸ちかくに住んでいるわけではないわたしには大津波そのものが抽象的な存在だったわけだ。
ところがあの大震が起きて最初の1ヶ月は朝から晩まで津波の映像を見つづけることになった。それはテレビに映る映像にすぎず、指や皮膚で触れられる現実とはちがっていたけれども、それでも伝わってくる過剰な恐怖があった。

今度の地震で起きた津波の記録映像の多くは避難した高台ややや安全なビルの上から撮られたもので、いわば遠景として記録されている。ところがわたしがさきほど説明した写真は津波の中に孤立して島のようになったビルの屋上で、つぎの瞬間には撮影者が押し流されたほどの緊迫した状況下で撮られている。実際、屋上にいた30人のうち生存者は11人にすぎないという。町役場の職員だという撮影者はいったん流されたものの、近くにいた副町長につかまれて生きのびた。
こうして彼のデジタルカメラは水没はしたが手元に残り、データもかろうじて残った。それで撮影者とともにデータもこちらがわに残された。ほかにもぎりぎりの瞬間を記録したあとで失われたたくさんのカメラがあったにちがいないが、それらは撮影者の生命とともにあちらがわにいってしまった。そういう意味ではこの写真は境界をさまよっている。わたしがいま見ることのできるこの1枚の写真が写しとっているのは、もしかしたら生きている人間には見ることができなかったはずの光景だ。あるいはあちらがわにいったん行ってしまったあとで、神さまの気配りかなにかで引き返してきた人間の記憶そのものが写されている。

朝日新聞記事
[PR]
# by hatano_naoki | 2011-06-04 09:09 | 日日
iPod touchとWiMAX
d0059961_20382254.jpgここ1ヶ月ほどiPod touchを持ちあるいて、すっかり手になじんできた。
最近WiMAXを導入し、WiMAXのモバイルWiFiルーター(NECのAtermWM3500R)との組み合わせで使っているが、結論としてはこの組み合わせはなかなか快適だ。
WiMAXはサービスエリアの問題が指摘されていていささか評判がよくないようにもみえるが、わたしの行動範囲ではじゅうぶん使えるという印象だ。ようは使い方だろう。たとえば現時点では地下のカフェからネットをやるというのはWiMAXではむずかしいようで、外の見える(窓のある)店を探すというような一定の制約はあるわけだが、どのサービスであれなんらかのデメリットはあるわけだから許容できる範囲だと思う。
wiMAXを使っていると単純な感想としてGoogle earthがヌルヌル動き、YouTubeがなめらかに視聴でき、インターネットラジオが聞けるのがうれしい。これまで1年ほど使っていたb-mobile SIM U300 とのちがいはそこにあり、一方でトレードオフとしてサービスエリアの制約があるわけだ。
WM3500Rは最近のモバイルWiFiルーターとしてはすこし大きめだがきょう体は丈夫そうだしバッテリーのもちが良くて助かる。
iPod touchというデバイスはほとんどスマートフォン的な使い方ができてランニングコストが安く、iPhoneと比べればスペックダウンによる差別化という「被害」を被っているもののそこそこ満足できるし、キャリアと付き合う必要がなくて気楽に買い替えができるのもいい。ローカルにデータを貯めこむような使い方はこのデバイスからはあまりイメージできない。
そこで思い出すのは昔SONYが出していたMylo。公衆無線LANでSNSをやったり音楽プレーヤーとして使ったりといった利用シーンを提案していた機械で、キーボード付。今から見れば時代を先取りした先端的なスペックだった。とても欲しかったがその頃は実際に使う環境が整っていなかった。Myloの見た夢は今は現実になっていて、実際にそのように使っている。

で、またもiPod touchと外付けキーボードのことだが、ここのところ、iPod Touch + Stowaway Universal Bluetooth Keyboard の組み合わせでちょっとした文を書くのに熱中している。
使っているアプリは標準で入っているメモ。文字数のカウントもできないその名の通りのメモにすぎないが、思いついたことを書きとめておくには十分だろう。現在の状態では画面におよそ170字が表示できる。いかにも狭いというべきかもしれないが、わたしとしてはそれほど苦にはならない。前後の見通しを考慮すると1000ないし2000文字程度の文章なら問題なく書けるだろうし、もっと長いのも書けるかもしれない。見通しが必要な長文ならば、あとで大画面のPCで構成しなおせばいいわけだ。キーボードはノートPCと同等の大きさがあるのできわめて打ちやすく、いくらでも書けると思う。短いエッセイみたいなものなら楽勝というかんじだ。
実際には経年劣化があるのか打鍵感が落ちている気がするし、日本語の変換もちょっと挙動がおかしいところがあるが許せる範囲ではある。重量はStowaway Universal Bluetooth Keyboardが約160g、iPod Touchが約100g、あわせて260g程度でしかなく、この軽さが興奮させる。これだけを持って旅に出たいという気分だ。
[PR]
# by hatano_naoki | 2011-06-04 08:39 | ネットとデジモノ
iPod touch
このあいだiPod Touch(第4世代)を買った。なかなか楽しく使っている。アップルの製品を買うのはずいぶんひさしぶりだ。
iPod Touchを買ったきっかけは、MystとZen Bound(いずれもゲームアプリ)、それにi41CXというHP電卓のエミュレータをどうしてもやってみたくなったこと。そしてこれら3本のアプリが動くプラットフォームはiPhone/iPod Touchしかなかった。
Mystは1993年に出た古いゲームで、有名であり評価も高いはずだ。MacIIcxでやったことがある。その当時としては抜きん出て美しい画面が印象的なクールなゲームだったがその世界にはあまり踏み込むことができなかった。ところが2年ほど前にiPhone用に発売されたときいて、このゲームを小さなデバイスの画面でぜひやってみたいと思っていた。
Zen Boundは2009年だったかにiPhone用に発売され、こちらも大変に評価が高い。わたしがやっているのはその後に出たよりブラッシュアップされたZen bound 2のほう。その独特の世界観を体験してみたかった。
iPhone/iPod Touch用にはHP自身が出しているRPN電卓のエミュレータがいくつかあるが、わたしにはHP-41CXのエミュレータであるi41CXが特に魅力的に思われた。これはHPが出しているわけではなく、ほぼ完全なエミュレータで、画面も美しそうだった。
これら3本はいずれも魅力的な世界観に裏づけられたアプリであるという予感があった。
だからiPod Touchがほしかったというよりもこれら3本をやるにはiPod Touchが必要だったというのが正確だ。

Mystはまさに昔のままのMystだった。あの当時としては大作のゲームがいま掌のなかで動いているのを見るのはちょっとした感激だ。しかし基本的にゲーム向きではないわたしが終えるのはいつになることやら。
Zen Bound 2は予想どおりのこれまでに見たこともないゲームだった。その3D感覚がすごいし、世界が異様でもあり魅力的でもある。
i41CXはまだあれこれ使うというところまでいっていないが、動かなくなってしまったHP-41CXのかわりという気分で持ち歩いており、そのキートップを見ているだけで幸せになれる。

使ってみるとiPodTouchはなかなかつかいでのあるデバイスだという印象だ。バッテリーのもちがいいとはいえないがその代わりに軽くて薄くて小さいのがいい。いくつかの点でiPhone4には劣るもののわたしのニーズには合っている。
ネット接続が快適なので、Blackberryの狭小な画面でウェブページを見ることはなくなった。
Google EarthとYouTubeがなかなか楽しい。Skypeもいけそうだ。
思いがけなかったのは外付けキーボードとの組み合わせで文章を書く機械として実用的に使えそうなことだった。最近は使っていなかったStowawayの外付けキーボード(Stowaway Universal Bluetooth Keyboard)で試してみたらほぼ問題なく使えた(完全ではない)。入力の反応もはやい。
画面の制約があるにしても長い文章を書くことじたいは可能であり、あとでPC上で編集するのを前提にいわば書き散らすようなやりかたができるかもしれないと思い、いまはそのような書き方をしている。そしてStowaway Universal Bluetooth Keyboardはあいかわらず打ちやすい。
一方、Blackberry9000の役割は音声での通話に加えてこれまでどおりメール、音楽プレーヤー、電子辞書、テキストアドヴェンチャー、Twitterといったところ。
BlackberryとiPod Touchはそれぞれ長所短所がはっきりしているので合理的な使い分けができる。これらのデバイスのネット接続は現在はb-mobile WiFi+U300経由だが、価格合理性のあるサービスであり、最近不評な接続速度にしてもわたしの環境ではそれほど遅いともかんじられない。ただ、ちかいうちWimaxを使うようになりそうなので、これもためしてみたいとかんがえている。

こういう道具立てが整ってきた結果、わたしがこれまでの20年間に手に入れた中で最小クラスのモバイルチームが目の前に現れた。このチームはけっこう強力だ。なによりも、モバイルをしたいがためのモバイルのふりではなく、生きたモバイルとでもいえばいいのか、特に意識することのない実用的なモバイルが実現できている。
Blackberry9000は単体で快適な入力ができる。iPod TouchとStowaway Universal Bluetooth Keyboardの組み合わせでの入力環境はこれもすばらしい。
これらのデバイスのデータはクラウド経由でやりとりしながら書きついでいける。PCの出番がますます減りそうだ。
いまほしいのは5インチ程度の画面を持つ(Galaxy Playerのような)WiFi接続のAndroidデバイス。pdfビューワーとして使いたい。iPod Touchはpdfビューワーとしては小さいので、5インチあれば実用になるような気がするのだが。

さっき書いたようにアップル製品はひさしぶりだ。
アップル社の8ビットパーソナルコンピュータ、Apple IIeに出会ったのはたぶん1983年頃で、その頃はまあアップルのファンだといってよく、巨人IBMに立ち向かうアップルがんばれという気分もあった。Apple IIeにはそうとうにはまり、ありとあらゆるインターフェースカードを買い、ソフトを買いまくった。5年の月賦払いで買ったわたしのApple IIeはクルマくらいの値段でおよそ実用性がなかったけれども、コンピュータとはなにか、なにができて将来はどのような存在になっていくのかについての夢を見せてくれていたと思う。
日本でMacintoshが発売されることが決まったとき、その最初の発表会だったかどうかは忘れたが、渋谷のキヤノン販売かどこかで初代のMacintoshを見た。会場にはほとんど売れなかったLisaも置いてあって、MacではMac Paintが、Lisaではcalcが動いていた。どちらも未来から来たという気がしたし、なにかとてつもなくすばらしいものに見えたが、とんでもない値段がついていて買うのは無理だった。
オープンなAppleIIと比べてMacは閉じており、そのことに違和感があった。それにもかかわらずその後わたしはIIcxをてはじめに何台ものMacを買い、一方でその当時は存在していていまは滅んでしまったビジネス用のワープロ専用機というものを使っていた。それからWindowsの時代がやってきて、いやいやWindowsを使うようになった。そしていま、わたし個人のなかではWindowsの時代がようやく終わりかけている。
[PR]
# by hatano_naoki | 2011-05-15 06:37 | ネットとデジモノ
はじめての「大回り」
大都市の近郊区間の乗車のしかたの特例として「大回り」というのがあるのを最近になって知った。近郊区間であれば同じ経路を通らない場合、乗車駅と下車駅の最短区間の運賃で計算されるというルールのことだ。
で、さっそくやってみた。高田馬場から乗り、新宿から中央線で八王子まで行き、橋本経由で相模線で茅ヶ崎まで。東海道線で大船に出て、京浜東北線で東京まで。山手線に乗り換えて目白まで。かかった時間は6時間ほどだった。相模線では丹沢のながめがよかったので途中の駅で下りてホームから山を見ていた。これも旅のひとつのやりかたにはちがいない。
d0059961_15141343.jpg
[PR]
# by hatano_naoki | 2011-01-23 15:07 | 日日
Blackberryでzork~ZaxMidlet~
d0059961_21313350.jpgBlackberry用のすばらしいアプリをみつけた。
ZaxMidletというz-machine interpreterがそれである。V1-5,7,8が動くそうで、実際にzorkなどのInfocomのテキストアドベンチャーをやってみたが操作性もいい。昨年の春から夏にかけてバージョンアップを重ねていたようで、現在はかなり安定してきていると思われる。わたしがBlackberry 9000にインストールしたのは現時点で最新のV0.1.8だった。
これまではZ2MEというアプリでMini-Zorkをやっていたが、このアプリはゲームのサイズに制限があってフルサイズのzorkは動かないし、文字表示のサイズも指定できないなどいまひとつだった。その点、ZaxMidletは文字の大きさや色、背景の色の指定もできる。あとはフォントを選べたら最高だが。
関連のページはこちら
[PR]
# by hatano_naoki | 2011-01-14 21:04 | ネットとデジモノ
ことしのケイタイ計画
あいかわらずAndroidがおもしろい。今年にかぎっても数え切れないぐらいの新製品が出てくるにちがいない。
AndroidはPC上で動くプロトタイプ以来、Windows Mobile上で動く1.5~2.2などいろいろ触ってきているがAndroidケイタイそのものはまだ使ったことがない。ただOSの進歩が矢継ぎ早なので新しい製品に目移りするしその陳腐化もこれまでにみたことがないほどはやい。こういう状況がいつまでもつづくわけではないので、一定の安定水準に到達するまであせることはないという気分でいる。
一方、Blackberryはいってみれば進化の頂点に達しており、製品寿命はそうとうに長くなっている。旧型を買ってもそれほど問題はないし、じっさいわたしの9000boldもその気になればあと2年くらいはなんの問題もなく使っていけそうだ。
で今年のケイタイ計画だが、メインはBlackberry9780boldにしようと考えている。おそらく夏までにDoComoから出てくるだろう。
それから最近のAndroidでは最近リークされたばかりのXperia X10 Mini Proの後継機らしき機種が物理キーボード付というわたしの条件にあうので一番気になる。これのSIMフリー機(4月以降はDoCoMoから出ていたとしてもSIMフリー化できるわけだ)は海外での運用にも向いているのでいまのところは最有力候補。
この2台体制になるのは今年の夏以降だと思われる。
Androidのほうは寿命はせいぜい1年、一方blackberry9780は2年以上は使っていけるだろう。
モバイルWiFI環境についてだが、b-mobileWiFi+U300の組み合わせでいまのところ不満はない。ただChromeOSの魅力的なノートPCが出てきたらDoCoMoのデータ回線に乗り換えるかもしれない。

ついでにこの半年ほどのケイタイ生活の簡単な報告。
Blackberry9000boldは予想通りのすばらしさ。生理的快感をかんじさせる物理キーボードがすばらしい。
基本的にこのblackberryという文化を楽しむというスタンスで付き合ってきた。メール、音楽プレーヤー、辞書が主な用途。これでショートショートが書ける、才能さえあれば。
[PR]
# by hatano_naoki | 2011-01-08 14:52 | ネットとデジモノ
反映
[RICOH GR Digital]
d0059961_18155513.jpg
[PR]
# by hatano_naoki | 2010-12-23 18:15 | 写真日記
最近のケイタイ生活
最近のケイタイ生活。
Blackberry bold 9000 を使って7ヶ月ほどがすぎた。この、いまや旧式になったこのケイタイは、デジタルムーバP以来この20年間使ってきた10数台のケイタイの中でももっとも手になじみ、愛着をかんじる1台になった。
日本では、特に個人向けにはまったくのマイナーな機種であり、iphone VS Androidという図式ばかりが目立つ中で影がうすい。世界的にもRIMのシェアが長期低落傾向にあるのは確実だ。つまりBlackberryは滅びつつあるひとつの文化であり、いま享受できるその快適な使い心地はこれまでのBlackberryの歴史がつくりだしたもので、その頂点に到達しているようにもみえる。先はないかもしれないが、いまがすばらしい。
今後はフルタッチパネルのケイタイが主流になっていきそうな気配であり、前面にマイクロキーボードを配置するというBlackberry方式はおそらく消えていく。
そういう状況だが、わたし個人にとってはBlackberryは実に使いやすいケイタイだ。もちろんそれは使い方によるわけで、基本的にテキストを扱うのが中心になっている。
主にメールの読み書き、メモをとる(すばらしく書きやすい)、幾種類ものEPWING辞書をしらべる、音楽プレーヤーとしてステレオのBluetoothヘッドセットで聴く(1500曲以上の古いジャズ!)といった使い方だが、テキストの入力がなにしろすばらしい。はやく打てるしキータッチに生理的な快感がある。ここのところは大事だ。思いつく→その場でメモするという流れがいつでもどこでも可能になった。
音楽プレーヤーの機能は平均的だがBluetoothヘッドセットとの組み合わせが快適だ。スピーカーの性能がいいのでヘッドセットをつかわずにBGMを流すこともある。
一般にスマートフォンではバッテリがあまりもたない中で、Blackberryのスタミナはすごい。電池切れがほとんど気にならないというのは心理的にもかなり楽だ。
9000の欠点のひとつにメモリの不足がある。アプリをあれこれ削ってずいぶんスリム化したがメモリ不足との戦いはこの機種を使うかぎりおわらないだろう。この点で後継機種がうらやましい。
このケイタイが不得意なウェブページ閲覧はあきらめているしムービーもみない。androidケイタイをだいぶ前から物色しているが、今のBlackberryにできなくてAndroidを買えばできることを絞り込んでいくと、わたしの興味の範囲ではSkype、テザリング、ウェブ閲覧くらいしか思いつかない。逆にいうと海外に一定期間滞在するとき、現地のSIMを差したSIMフリーのAndroidケイタイが必要になるということだろう。
タブレット端末について。Galaxy Tabをずいぶん触ってみたが、実際に所有して使うというシーンがイメージできなかった。いまのところわたしには要らない。
だいぶ前、EMONSTERにAndroid 1.5だったかをインストールしていたが、このあいだ2.2を見つけたので入れてみた。無線LANが使用可能になるなど、ほぼ実用になる仕上がりにおどろいた。テザリングも可能だ。現在のところ関心があるのはNexus S だが、良質のキーボード付きでOSバージョンの高いAndroid機が出てくるまでもう少しまってもいいかなという印象だ。
Blackberry 9000はまだまだ使えるけれども、いま気になっているのは9780。たぶん速くて使いやすいのではと期待している。ただしDoCoMoから出てくるにしても半年以上はかかるだろうし、出るという保証もない。モノはすでに手に入るけれどもハードソフトのメインテンスをかんがえるとDoCoMo版を待とうかというところだ。それまで9700でつなぐのが現実的かもしれない。
Blackberry9000は外ではb-mobile WiFi(+b-mobile SIM U300)との組み合わせで運用している。自宅でもWiFiだからほぼ100パーセントWiFiでの運用ということになる。こういう運用は面倒といえば面倒だがもう慣れてしまったし、しばらくはこのかたちでいくだろう。
では現時点でPCになにを求めているかをかんがえてみると、テキストエディタとウェブがあればいいというのが結論だ。小さくて軽く、長時間の駆動が可能で立ち上がりの速いノートPCでエディタを使って文章が書くというイメージ。その意味で、あと半年くらいで出てくるというChromeOS搭載ノートPCが使えるかもしれず、ちょっと楽しみだ。
[PR]
# by hatano_naoki | 2010-12-23 08:29 | ネットとデジモノ
スカイツリー497m
[RICOH GR Digital]
d0059961_14375819.jpg
[PR]
# by hatano_naoki | 2010-11-07 14:38 | 写真日記
伊26潜の最期
第二次世界大戦末期のレイテ沖海戦で、叔父のひとりが戦死している。彼は父親の弟であり、海軍兵学校を卒業した潜水艦乗りだった。
沖縄のことをいろいろしらべているうちに沖縄への水上特攻で悲劇的な最期を遂げた戦艦大和のことを改めてかんがえるようになり、当時の日本軍首脳の思考をトレースしているうちに、そういえばその叔父はフィリピン沖で戦死したが遺骨は帰ってこなかったと聞いたのを思い出した。
そこでいまさらながらネットをさまよってみると、叔父の最期がある程度わかってきた。
名前は波田野正七といい、海軍兵学校第71期を昭和17年11月14日に卒業している。同期は581名だった。「山城」「榛名」に乗務したあと10期潜水学生となり、イ号26潜(正式には伊号一五型第二六潜水艦というらしい)の航海長となる。艦長は西村正一少佐(60期)。フィリピン沖海戦で撃沈され戦死。23歳、戦死後大尉。

イ号26潜は1944年10月3日に呉を出航してフィリピン東方海上に向かった。その後の行動は不明だが、米海軍史料によると北緯3度44分、東経130度42分で米護衛空母アンジィオ所属の哨戒機と護衛駆逐艦ローレンス・C・テーラの爆雷およびヘッジホッグ攻撃により撃沈されたと推定されるという。
沈没の時期および経緯については複数の情報があっていまのところはっきりつかめていない。

イ26は水中排水量約3,600トン、全長108.7m、全幅9.30m、安全潜航深度100m、航続距離(水上)14,000海里。魚雷17本を積み、零式小型水上偵察機1機を搭載していた。乗員は100名前後でうち将校は9名。ずいぶん大きな船だ。
艦長はおそらく34歳くらい、航海長が23歳というのはいかにも若い。

彼の母親(つまりわたしの父方の祖母)はいなかのひとで文字が読めなかったにもかかわらず、新潟の山奥から江田島まで息子に会いに行ったという話を聞いたことがある。
戦争はもうはるか昔のできごとだが、沖縄での戦いのことをあれこれかんがえているうちにふと思い出したので、いくらか鎮魂の意味もふくめてメモしておいた。
[PR]
# by hatano_naoki | 2010-11-07 06:34 | 日日
ミスド
[Blackberry Bold 9000]
d0059961_1830193.jpg
[PR]
# by hatano_naoki | 2010-08-15 18:30 | 写真日記
Blackberry bold 9000 その後(2)
最新のblackberryの仕様をみると、タッチパネルのついた大きな液晶画面という時代のトレンドに抵抗できずに妥協を試みているのが如実にわかる。
いまとなっては小さな画面にフルキーボードつきのストレート型端末というblackberryの特徴が維持できなくなりつつあるようだ。
しかし一ユーザーとしては現在の9000/9700といったラインは完成度が高い枯れたデバイスの良さがあって、ほかのデバイスと比べるのではなくてこのデバイスの良さを楽しめばいいという気分だ。
実際、PCに触れる時間が激減するほど実用性がたかい。
blackberryにはiPhoneやAndroidのような世界のひろがりはないけれども、普通にやりたいことのほとんどが快適に処理できる。特にテキストの扱いはスムーズだ。
特にgmail、Twitter、Word Pressで構築したblogとの連携は快適そのもの。
問題点としては、しばしば指摘されているけれども、アプリケーションメモリの不足がある。特にサードパーティ製のアプリをいれると顕著になるようだ。それでアプリを標準でインストール済のもふくめてだいぶ削除した。このあたりはパソコン的だ。
日常の運用は外出時にはb-mobileの WiFiルーターで接続している。家でもWiFi接続している。3Gは切っていることが多い。WiFiでかなりのことができる。メールとウェブはWiFiでOK。gmailアプリ、MapアプリをつかわないかぎりほとんどWiFiで運用できる。そういう運用そのものもおもしろい。
[PR]
# by hatano_naoki | 2010-07-19 18:53 | ネットとデジモノ
Blackberry bold 9000 その後
d0059961_19432876.jpgBlackberry bold 9000 をつかいはじめて一週間ほど経った。
運用にあたってはb-mobileのWiFiルーター、補助電源としてeneloop mobile booster、それにSONY ERICSSONのbluetoothヘッドセットMW600 と組み合わせている。

なかなか使いやすい。もう手になじんだかんじがする。
これまでにインストールしたアプリは、
Gmail, Google sync, Google Mobile App:
Google関連のアプリ。メールとアドレス帳の同期は予想どおり使いやすい。
Uber Twitter, Twitter for Blackberry:
Twitterアプリ。Twitterも予想通りのつかいやすさ。読むのはTwitter for Blackberry、書くのはUber Twitterがいいようだ。
EBberry:
EPWINGデータのビューワー。Wikipedia日本語版をオフラインで見るのに使っている。それにWorld Factbook、英和・和英辞書のEDICT2、などを入れた。あとは広辞苑のEPWING版がほしい。
FileScout:
ファイラー。
BlackberryZ2me:
zcodeファイルの実行用。いまのところはMINIZORKが動いている。
BBNotePad:
メモ帳。
Viigo:
RSSリーダー。
Capture It:
キャプチャーソフト。

使い道としてはメールとTwitterが中心で、使っている感覚としてはちいさなPCというかんじがする。
その反映として、PCに向かう時間が減っている。最大の要因は小さいが打ちやすいキーボードと、Googleが提供しているいわゆるクラウド的なデータ共有環境で、このどちらもなかなか心地よい。
iPhoneやAndroidとくらべると地味で面白みに欠けるようにみえるBlackberryだが、自分としては十分におもしろいし、実に便利な道具だ。率直にいって、この面白さ便利さを理解できないようにみえる日本の市場は不幸だと思う。
しかし現実には携帯からハードウェアのキーボードは消えつつあり、Blackberryのシェアはすこしずつ落ちていくだろう。まあ他人はどうでもいい。
[PR]
# by hatano_naoki | 2010-07-04 14:19 | ネットとデジモノ
Blackberry bold 9000 と Sony ericsson MW600
d0059961_21381979.jpgきのう、携帯を MediaSkin から Blackberry bold 9000に替えた。
ここのところずっとAndroidでSIMフリーの海外携帯にしようとかんがえていたのだが、途中でちょっとBlackberryに寄り道しようと思いついた。
世の中はネコもシャクシもiPhoneで、日本でのBlackberryの人気はないにひとしいというような気がするし、そのBlackberryにしても9700がそろそろ出てくるタイミングではなんでいまさら古い9000なのか、というところだが、最大の理由はキーボードであり(9700の小さくなったキーボードに不安があった)、Blackberryというひとつの文化を体験したいというのもある。実際、これは成熟期に入ったひとつの文化といってもいい。
つかいはじめてみるとキーボードの高い質感には参ってしまう。これだけでちょっとした文章が書けそうなかんじ。
これまでWindowsMobile携帯(EMONSTER)に入れていた楽曲データを移し、オフラインで見るためのWikipediaのデータを移し(読むのはEBBerryというアプリで)、Blackberry用のzcodeアプリ(Z2me)をインストールした程度で、それほどいじっていないけれども、この先しばらくは楽しめそうだし、なによりもPCの出番が減りそうな気がする。
予想どおり、メール、Twitter、RSSリーダーといったテキスト系と、画面の美しさを活かしてのムービー、それに音楽プレーヤーというところだろうか。
作られた時代を反映してか手に持つ機械としてはごつくて荒削りだがキーボードだけは繊細だ。

ついでに買ったBluetoothヘッドセットのSony ericsson MW600はラジオ付きなのがポイントが高い。ボリュームコントロールがやりにくいがBBBとの組み合わせは最高。
[PR]
# by hatano_naoki | 2010-06-27 21:38 | ネットとデジモノ
d0059961_792056.jpg
[PR]
# by hatano_naoki | 2010-06-09 07:09 | 写真日記
Xperia X10 mini pro がほしい(2)
Xperia X10 mini proをどう使うかのシュミレーション(というか妄想)。
この段階がたぶん一番たのしい。

この小さなAndroidケータイの魅力:
Androidである、小さい、ハードウェアのキーボードがある、デザインがいい。
欠点:
画面が小さい、バッテリーがもたない、キーボードが極小。

その結果として、
ウェブサイト閲覧はそれほど快適ではないはず。基本的にテキストベースで使う。メール、ブログ、Twitterなどが中心でRSSリーダーも活用するというイメージ。
運用面では、バッテリーは半日くらいしかもたないらしく、予備バッテリーやEneloop Mobile Boosterが必要だろう。b-mobile SIM + b-mobile WiFi との組み合わせで使うことになるが、ルーターも4時間くらいしかもたないからケータイもルーターも頻繁に電源オンオフを繰り返すことになりそうだ。けっこう忙しいオペレーション。
音楽プレーヤーとしては便利に使えそうだ。bluetooth接続のイヤフォンか、首から下げるタイプのイヤフォンとの組み合わせで。
それと個人的な楽しみとしてテキストアドヴェンチャー(Interactive Fiction)をやるというのがある。Twisterでz-code版を動かす。
b-mobile SIM の300kbpsという制約でYouTube(オンライン)は無理。見るとすればオフラインで。
一番イメージしやすいのはTwitter。ちょっとポケットから出して書いて送信するという動作に向いている。みじかいメモを書いたりするのもいい。

というわけで、万能マシンではないがわたしのニーズには合っている。発売まであと3週間ほど。
[PR]
# by hatano_naoki | 2010-06-08 19:36 | ネットとデジモノ
Xperia X10 mini pro がほしい
d0059961_8325148.jpgキーボードつきの超小型Android端末という理想の機械(X10 mini pro)が発売される(ただし日本の外で)。Xperia miniシリーズのうちキーボードのないタイプはすでに市場にではじめ、キーボードつきのほうは今月末あたりらしい。
日本語入力もSimejiで可能なようで、これはつかえるという印象。端的にいってTwitter端末だろう。
これはほしい。
[PR]
# by hatano_naoki | 2010-06-01 08:31 | ネットとデジモノ
書籍版『沖縄勉強ノート』(仮題)を書く(12)
ここ何年か書き続けてきた沖縄の原稿がようやくほぼまとまってきた。
結局、タイトルは『那覇からの九つの手紙』にした。もちろんこれも仮題ではある。
途中での大きな変更は手紙文体にしたこと。いまどき手紙かよ、と思わないでもないけれども、書いてみると手紙の良さというのはたしかにある。『那覇からの9通の電子メール』ではちょっとしまりがないし、ここはやはり紙の手紙をイメージしたいところだ。
あと2、3ヶ月かけて手直しをして、8月いっぱいくらいには手を離したい。作品としての出来はちょっと悲惨だが自分の限界ということで納得はしている。それにしても文章がうまくなく、構成はないにひとしいというありさまだ。
本になるかならないかは神のみぞ知るだが、写真や地図などをできるだけ入れたいというのがあるので、それもこれから。見た目に楽しくわかりやすい構成は文章の質を求めることと矛盾しないと思っている。できれば見開きにひとつは小さな写真か地図、1ページ大の写真を20枚くらいは入れたいものだが。
「営業開始」は8月初旬ころか。
[PR]
# by hatano_naoki | 2010-06-01 07:40 | 沖縄勉強ノート
b-mobile WiFi (2)
d0059961_1912742.jpgきょう一日、b-mobile WiFiを持ち歩いてみた。相方はe-mobileのS11HT、ASUSのEeePC 901-Xなど。
まず複数のデバイスから利用できるのは、当たり前だが実に快適だ。持ち歩きするデバイスとしては大きさ重さがまったく気にならない。いくらか発熱するが許容できる範囲。電源ボタンがちょっとヤワに感じられ、最初にこわれそうな気がする。ここは頑丈に作ってほしかった。きょう体は光沢があってきれいだが指紋が気になる。
やはり300kbpsの壁は大きく、ウェブでもっさり感がぬぐえない。このあたりは個人差が大きいとは思う。これだけ安い常時接続が可能だというメリットを評価できないか、コストと性能の関係を考えずに要求ばかりが大きいタイプだと耐えられないだろう。わたしはOK。
ひとことでいえばテキスト用。ブログやTwitter程度がもっとも向いている。逆にいうと外でブログを書き、Twitterでつぶやきつづけるのには最適な環境を提供してくれる。
つまり安いからという理由で選ぶと失敗するだろう。
個人的には自由の快適さを味わっていて、これが最大の評価すべきポイントだ。自由とは2年しばりがないこと、SIMロックフリーなこと、接続時間に制限がないこと。唯一の制約は上限300kbpsということで、ここが許せなければこの製品を買う意味はない。
それと、日本通信を評価しているということがある。こういうしくみは誰かがはじめなければならないが、守るべきもののおおすぎる大きな会社はやるはずがない。そこにいくと日本通信は「果敢」という表現がぴったりする。
というようなわけで、ただ安いから買った使ったということとはずいぶんちがう。ひさしぶりに爽快な買い物。
[PR]
# by hatano_naoki | 2010-05-26 19:01 | ネットとデジモノ
b-mobile WiFi
d0059961_2142481.jpgb-mobile WiFi + b-mobile SIM が到着。
セットアップは単純で簡単。特に問題はない。
実効速度は優秀で、下り300kbps以上、上り250kbpsは出ている(東京区部、木造家屋の室内という条件)。電源オンから接続完了までは1分くらい。ウェブを見ていて体感速度は速くないがストレスは感じないというところ。
機器としては小さくて軽く、幅が狭いので持ちやすい。全体としてはいくらかきゃしゃな感じ。バッテリーのもちは公称4時間だが実際のところはまだわからない。しかしeneloop mobile boosterが使えるので問題はないだろう。
[PR]
# by hatano_naoki | 2010-05-25 21:46 | ネットとデジモノ
これもいいね(2)
d0059961_18243840.jpgずっと欲しかったのに店頭ではほとんど見かけることのないeneloop stick boosterをAmazonで入手。
予想よりもちょっと大きくちょっと重いが、これはこれでアリだと思う。デザインも合格点。長さ2センチ短くしてくれたらいうことはない。
eneloopは発売当初から支持しており、最近は使い捨ての乾電池を使うことはほとんどない。個人的にはeneloop mobile boosterの恩恵をもっとも受けている。
[PR]
# by hatano_naoki | 2010-05-23 18:24 | ネットとデジモノ